第6話:「逢魔の森へ」

 組合の宿場にあった馬車に乗って、ディアロフト大森林から一番近い村までやってきた。

 馬車が乗せていってくれるのはここまでだ。

 ここから大森林までは結構な距離があるんだが、それでも文句は言えない。

 

 ディアロフト大森林はただでさえ危険な場所だからな。

 そんな場所まで馬車を近付ける命知らずも、そうそういやしない。

 誰だって命は惜しいものさ。


「にしても、馬車っつうのはどんだけ乗っても慣れねぇもんだな」

「ははは……仕方ないですよ。街道と違って、この辺りの道は舗装されてませんからね」 


 ゴリゴリと肩を回しながらため息交じりにぼやくハーラルドに、ロイが苦笑しつつそう返した。

 とはいえロイも内心は同じ感想なようで、尻の上辺りを軽く叩いているが。


「ふわぁ……」


 それに比べて、クリスティナは平然とした様子で欠伸をしている。

 まぁ、自分だけこっそり魔法で空気のクッションを作ってそれに座ってたからな。

 つくづく魔法ってのは便利なものだと改めて思い知らされる。


 それにしても、道中こうして人の声があるというのは新鮮で、これはこれで悪くない感覚だな。


 余程のイレギュラーに巻き込まれない限り、基本的にいつもソロで行動してるから終始無言の環境に慣れていた。

 とはいえ、これはあくまで臨時のパーティ。本格的に誰かと組む予定は今のところない。……それはきっと、この先も同じだろう。


「ねぇねぇ、ヴァニっち」

「ん?」


 周囲の景色をなんとなく見渡しながら歩いていると、不意にマヤが横に並んで話しかけてきた。


「どうしたよ?」

「よかったらさ、色んな魔物の話聞かせてほしいなって」

「魔物の話ねぇ。別に構わんが、どうしてまた急に?」

「あはは、いやー、なんていうんだろ。さっきのギルドでのヴァニっちの話を聞いてさ、まだまだアタシが知らない世界があるんだなーって思ったんだ。それにほら、このパーティでのアタシの役割って斥候スカウトじゃん? だから、魔物についてはこのメンバーの中の誰よりも詳しくなきゃいけないんだ」

「なるほどな」


 【白翼の鷲】のみならず、ハンターがパーティを組む場合は"役割ロール"毎に人員を定めるというのが基本だ。


 最前線で敵の注意を集め、攻撃を一身に引き受ける《守手ガード》。

 《守手ガード》の補助と、主な殲滅役を担う《進撃アサルト》。

 近接系のハンターが対応できない相手や、討ち漏らした敵を主に叩く《狙撃手スナイパー》。

 事前に敵を察知したり、危険が予想される場所を調査する《斥候スカウト》。

 そして、臨機応変に状況を判断しながら様々な支援を仲間に行う《支援者サポート》。

 

 大まかな枠組みとしてはこんな感じだ。

 

 《斥候スカウト》の一番の役目である偵察は、確かに重要な仕事だろう。

 

 どんな魔物がいて、どんな奴が危険なのか。

 そしてその情報を安全に持ち帰り、あるいは即座に仲間に伝えられるかどうかで、パーティの命運が左右がされるといっても過言ではない。


 故に、マヤの考えは正しい。


「いいぜ。まだ目的地まで距離があるしな」

「えへへ、ありがと!」

「何だか興味深い話をしてるな」

「あ! リーダーも聞きにきたの?」

「ああ、魔物の知識がなければいけないのは俺も同じだ。じゃないと、いざというときに皆を守るための最善の判断を下せないからな」


 フォックスはマヤの隣に並びながら、そう言った。


「それに、どうやらヴァニは俺たちが知らない魔物の話を沢山知ってるらしい。頼んだぞ、先生?」

「お願いします、センセー!」

「止してくれ、俺は先生なんて柄じゃねぇよ」


 だが、そうだな。

 知っておいて損する話じゃないのは確かだ。 

 知識が増えれば、こいつらがこの先、生き残れる可能性も上がる。


「なら、話すとするか。まずは取り立てて、今後遭遇する可能性のある奴らなんだが──」


 それから森に着くまでの間、俺は今までに出会った厄介な魔物の数々を教えてやることにした。




◇◆◇




 結局、ディアロフト大森林に着くまでの俺の講義には、全員が参加した。

 

 情報を知っている人間は多ければ多いほどいいと思うんだが、マヤは少しだけ不服そうだった。

 まぁ、少しでも皆より知恵を付けて役に立ちたいと思う気持ちあってのことだとは思うが、そういった子供っぽさは【白翼の鷲】最年少ならではといったところか。

 まだまだ大人にはなりきれていないようだ。


 そんなこんなで、現在。


「さてと、到着だな」


 俺たちはディアロフト大森林の入り口に立つ。


 視界一杯に広がる広大な樹々の間に、ぽっかりと口を開いた大穴。

 そこから奥に伸びる道はほぼ獣道と言っても差し支えないもので、およそ人の手が入っているとは思えない。

 陽の光は奥の方になるにつれて薄くなり、化物の口のように真っ暗で不気味な空間が、哀れな犠牲者を今か今かと待ち構えているかの如く鎮座している。


「……やっぱり、いつ来ても嫌な雰囲気ですね」


 辺りを警戒しながらロイがそう呟く。


「違いねぇ。まだ中に入ってすらいねぇってのに、ジメジメした空気が纏わりついてきやがるぜ」

「あら、もしかして怖気づいたの?」

「ハッ! かせ、俺様に怖いものなんかねぇよ」


 ハーラルドとクリスティナは、いつも通りのやり取りだ。

 この調子ならこいつらは問題ないだろう。


「いっちに、さんっし、にーにっ、さんっし」


 マヤも全く心配いらないな。

 それどころか、表情が生き生きとしてやがる。

 大方、早く飛び込みたくて仕方ないってところか。


「…………」


 一方フォックスは、真剣な表情で目の前の大森林を見つめていた。

 

 その裏では今、何を考えているのか。……まぁ、大体は察せるが。

 活でも入れてやろうかと隣に立つと、フォックスはこちらに顔を向けた。


「……ヴァニか」

「おう。……まぁ、なんだ。あんま気負いすぎんなよ。大丈夫さ、今回は俺もついてるんだし。甘えすぎてもらっちゃ困るがな」

「フッ、そう言ってもらえるだけで少し気が楽になるよ。ありがとな、親友」


 軽く拳を突き合わせた後、フォックスは振り返って正面を向いた。


「さて、皆! ここからは一切の油断ができない。陣形を整えながら進もう。マヤはいつも通り、俺たちの前方を進みつつ偵察を頼めるか? もちろん、危険を感じたらすぐに下がってくれ」

「了解だよ、任せてリーダー!」


 まずはマヤ。

 斥候スカウトの任務を任せられた小柄な少女は、敬礼のポーズを取ってやる気をアピールした。

 

「ハーラルドは俺と一緒に、接敵した魔物を抑え込んでくれ。複雑な地形だ、派手に暴れることはできないだろうが、そこは許してくれ」

「ハッハ! いいってことよ! 俺様は魔物とやりあえりゃあ、それで文句ねぇ!」


 ハーラルドは両手の骨をパキパキと鳴らしながら、獰猛な笑みを浮かべる。


「クリスティナ、お前の火力がうちのパーティで一番重要だ。頼りにしてるぞ。ただし、火属性の魔法は禁止だ。うっかり木に火が燃え移ったら大惨事だからな」

「あら残念。なんて、冗談よ。ふふふ……任せてちょうだい」


 クリスティナは口元を手で隠しつつ妖艶に微笑み、ウィンクした。


「ロイは援護射撃を任せる。どこから敵が来るか分からないから、くれぐれも気を付けてくれ。お前の射撃スキルは信頼してる。俺たちの背中、預けるぞ」

「……精一杯頑張ります」


 ロイは言葉少なに、了承の意を示した。


「そしてヴァニは打ち合わせ通り、《支援者サポート》を頼む。それから、平時は俺が指揮を執らせてもらうが、もし万が一の事態が起きたら……」

「ああ、分かってる」


 フォックスの指示に首肯する。

 この辺りのことは行きの馬車での取り決め通りだ。


 【白翼の鷲】のメンバーには《支援者サポート》の"役割ロール"を持つメンバーがおらず、その上、皆が既に決められた役割を持っている。

 

 俺は普段ソロで動いているから、どの役割の動きも大体はできる。

 加えて、この中で一番ディアロフト大森林について詳しいのは俺だ。

 

 そういった諸々を鑑みて、一時的な《支援者サポート》に就くことになった。


 そして普段から連携を取っている五人と、それに比べて各々と面識はあるが一緒に戦ったことはほとんどない俺。

 その事情から判断して、基本的な指揮権は普段からこのチームの連携に慣れているフォックスに委ねることにした。


 ただし、【白翼の鷲】だけでは対応しきれないような相手が現れた場合は俺が一時的に全員に指示を下す。


 フォックスは一度深呼吸してから俺たちの顔を見渡し、全員が準備できたのを確認すると頷いた。


「それじゃあ、行こう」

『了解』


 さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。

 俺たちは不穏な気配を醸し出す大森林に、足を踏み入れた。

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