第5話:「出立前の作戦会議」
待つこと三十分。
【白翼の鷹】の連中がゾロゾロとこちらにやってくるのを見て、俺は壁から背を離した。
「話はまとまったみたいだな」
「ああ。結論から言うと、やっぱり俺たちも同行することにした」
「……そうかい」
視線だけでフォックスにその真意を問うと、フォックスはこちらを見て頷く。
「誰も死なせたくない、確かにその想いは今も変わらない。だけど、それでも俺たちはハンターだ。保守的な考えだけじゃこの先に成長はないって気付いたんだよ。それに、お前の戦い方を間近で見させてもらう絶好の機会だと思ってな」
そう言って、フォックスは微笑した。
まぁ、こいつら全員が納得のいく形でそういう結論になったのなら、別にそれで構わないさ。
「オーケー、なら俺からはもう何も言わない。好きにしな」
俺は軽く頷き、全員を連れ立ってボードの前へ。
さてさて……。
俺一人なら適当でよかったんだが、事情が変わって団体行動になった。
となれば、俺の一存で依頼を決めるわけにもいくまい。
「んで、依頼はどうする?」
後ろを振り返ってフォックスたちの意見も聞いてみる。
「やっぱり討伐系がいいなー!」
「おう、ってかそれ以外に選択肢があんのか?」
好戦的なマヤとハーラルドは、敵と戦える依頼を希望。
「あなたたちねぇ、どうせ魔物とは戦うことになるのよ? 無駄な手間は面倒なだけだわ」
「……僕もクリスティナさんに賛成かな。今回の目的は森の調査だし、体力の消耗は避けたいから採取系でいいと思います」
クリスティナとロイは力を温存したい方針でまとまった。
「俺としては、クリスティナたちの意見を採用したい。ロイの言った通り、今回の主たる目的は大森林内の調査だ。その上で依頼対象の魔物も探すとなると余計な手間が増えると思う。ヴァニ、お前の意見は?」
「ああ、俺もそれでいいと思うぜ。どうせ報酬は六人で山分けだ。討伐系にしろ採取系にしろ、個人の財布に入る金なんてタカが知れてるしな。はい、どうぞハーラルド君」
俺とフォックスが話し合っていると、ハーラルドが神妙な面持ちで手を挙げた。
「なぁ、あんま難しいことは分かんねぇんだがよ……。要するに、その……アレだろ? 俺様たちは変な魔物がいねぇか調べに行くわけじゃねぇか。ならよ、討伐系の依頼を受けて、依頼対象の魔物を探しつつメインの魔物がいそうな場所を片っ端から当たればよくねぇか?」
その発言に、俺はひどく感銘を受ける。
ハーラルド……! お前、頭で考えて喋ることができたのか!
……いや、ちゃんと考えたのかは分からないが。それでも、
「確かに悪くはない案だな」
そのハンターが聞いたという声が縄張り争いに起因するものだとしたら、魔物のいる場所を重点的に探せば戦闘の痕跡が見つかる可能性が高い。
痕跡さえ見つけられれば、それを手掛かりに後を追うことも容易になる。
もし痕跡が見つからずとも、ただでさえ魔物がいそうな場所を中心に動くことになるんだ。必然、俺たちが探そうとしている魔物と出くわす確率も上がる。
要点をかいつまんでそうまとめると、それを咀嚼した上でロイが口を開いた。
「……ただ、気掛かりな点が一つあります」
「なんだ? 言ってみてくれ」
フォックスに促され、ロイは頷く。
「僕たちが探そうとしている魔物……それがどんな正体だとしても、現状は不透明な要素が多い。僕が言いたいのは、もしその相手が未知の魔物だったとして……その強さがどれくらいなのかっていうことなんです」
「んー、つまりつまり、どういうこと?」
「そもそも、出会える可能性があるかも分からないということよ。依頼の魔物とも、お目当ての魔物ともね」
マヤの質問に代返したクリスティナに、ロイが首肯しながら続く。
「クリスティナさんの言う通りです。……僕が想定しているのは、常に最悪の可能性だ。仮に探そうとしている魔物がとてつもない強者だった場合、他の魔物がどういう行動を取るかは明白だと思いませんか?」
「怯えて逃げるか、姿を隠す……ということか」
そのフォックスの言葉に、再び首肯するロイ。
魔物に限らず、獣というのは自分よりも圧倒的に強い相手が現れた場合、まず戦わない。
本能的に逃げ隠れすることを選ぶだろう。
戦う場合があるとすれば、それは自身の命を脅かされた時だけだ。
「そしてその考えでいくなら、僕たちが受ける依頼の難易度も比例して上げなければいけない。ですが、先程ヴァニさんが言った通り僕たちはまだ金級……。どうしても強い魔物相手には苦戦します。であれば、やはり尚更、依頼の失敗率が高まる討伐系を受けるべきではないと僕は思う」
なるほど、しっかり自分たちの力量を見定めて考えられているな。
良いことだ。
「なるほどな……」
フォックスは顎に手を添えて、何やら思案する様子を見せた。
正直、ハーラルドの提案とロイの提案、どちらの選択肢を選んでもメリットとデメリットがある。
ハーラルドの言うようにとにかく魔物と出会えるような動き方をすれば、より早く目的を達成できるかもしれないが、危険度は段違いに上がる。
逆にロイの方針通り慎重に探索を進める方向で行くならば、確かに安全性は確保されるだろう。だが、肝心な魔物の手掛かりすら掴めないという結果に終わる恐れがある。
しかし、どちらの提案に比重を置くかと聞かれたら、俺ならロイの方を選ぶ。
理由はさっき彼が説明した通りで、この世界で長く生き残る秘訣は何よりも用心深さだ。
「簡単なことじゃない」
その時、クリスティナが声を上げた。
全員の視線を受けて、クリスティナはその形のいい唇で不敵な笑みを浮かべる。
「依頼なんてただのついででしょう? それなら、依頼は確実に達成できる採取系にして、それから魔物を積極的に探しに行けばいいわ。というか、最初から答えの出ていた問題じゃないのかしら、これ?」
ぶっちゃけ俺としては何でもいいんだが……お前、さっきハーラルドに脳筋とか煽ってたけど、今のお前の考え方の方がよっぽど脳筋だぞ?
「……ま、答えは出たな」
「だな。……よし、それじゃあ採取系の依頼を受けよう!」
とにかく、方針は定まった。
適当な依頼書を一枚切り取って、カウンターの方へ持っていく。
少し時間を要したとはいえ、まだ本格的に混み始めるには早い時間だ。
大した待ち時間もなく、すんなりと受付嬢の前に辿り着いた。
「おはようございます、皆さん! 依頼の受注ですか?」
受付嬢──ティオナは元気に挨拶をし、笑顔を見せる。
明るい茶髪を肩辺りまで伸ばした、どことなく幼い顔が印象の女性だ。
その愛嬌と人当りの良さから、ハンターの中では密かに人気が高く、狙っている奴も何人かいるらしいが──
「ああ、おはようティオナさん。今日はこれを受けるよ」
「えっと……! ……かしこまりました」
そんなギルドのアイドルは、依頼書を手渡してきたフォックスの笑顔を見て顔を赤らめた。
そう。お察しの通り、彼女の意中の相手は既にいる。
それこそ我らがイケメン代表、フォックス君である。
ひゅーひゅー、羨ましいね畜生。……爆ぜねぇかな。
ティオナは火照った顔をぱたぱたと手うちわで扇ぎながら、依頼書に目を通し、それから受注完了の証明である判子を押した。
「はい、確認しました。しかし場所は……ディアロフト大森林、ですか。ところで、本日はヴァニさんもご一緒に?」
「ああ。というか、実を言うと今回はヴァニに無茶を言って同行させて貰う側なんだ」
「そうでしたか! その、あまりギルド側の人間がこういうことを言ってはいけないんですが──」
そう前置きしてから、ティオナは少しカウンターから上半身を乗り出して小声で囁く。
「最近、あの大森林にまつわる不穏な噂を耳にしたので少し心配だったんです。ですが、ヴァニさんがご一緒なら大丈夫ですよね。何せソロでの白金級到達者ですし。……あ! もちろんフォックスさんたちが弱いなんて言うつもりは全然ないんですけど、ええと……」
「ははは、大丈夫。分かってるよ。心配してくれてありがとう」
「いっ、いえ! その……はい」
それっきり、ティオナは顔を赤くして俯いてしまう。
えー、こちらヴァニ。
現在、フォックスとティオナの間に甘い空気が漂っております。
「なぁ、なんなのこれ」
「……知りませんよ。僕に聞かないでください」
「にっしし、青春だねぇ」
何か
それはスルーするとして。
「ってか、噂って結構広まってんのな。むしろ俺がぼっちだから知らなかっただけか? いや、十分ありえるなそれ……」
「あー、おう。まぁ元気出せよヴァニ。今晩、酒でも奢ってやろうか?」
「大丈夫よヴァニ君。私たちがいるから、あなたは独りじゃないわ」
「……優しさって時に追い打ちになるんだよな」
心の中でさめざめと涙を流していると、フォックスとティオナの話が終わったようだ。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「はい! それでは皆さん、お気をつけて行ってらっしゃいませ!」
笑顔でこちらを見送るティオナに挨拶し、俺たちはハンターギルドを後にした。
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