第4話:「思いのすれ違い」

 俺は軽くため息を吐きながら頭を掻き、これから待っているであろう調査に目を輝かせる面々を見つめる。


 そもそも、俺が今回の調査を引き受けたのは友人に死んでほしくないからだ。

 フォックス以外の連中も親友とは呼べずとも友人の範疇だし、何より発端のフォックスが望まないことなんだから止める理由は十分にあるだろう。


「盛り上がってるところ悪いが、駄目だぞ。ピクニックに行くわけじゃないんだ、せめて俺が情報を持ち帰るまでは我慢しな」

「ヴァニの言う通りだ、何かあってからじゃ遅い。犠牲は出したくないんだ。分かってくれ」


 しかし、暖簾に腕押しとでも言うべきか。

 返ってくる言葉は予想通りのもので。


「えー? 平気だって。アタシ達だって素人じゃないんだから、自分の身くらい自分で守れるよ!」

「そうだぜ。それに、魔物ごときに後れを取る俺様じゃねぇ。バッサバッサとなぎ倒してくれるわ!」

「脳筋が粋がってるけれど、概ね同意ね。一体何がそんなに心配なの?」

「そうです、行きましょう! 僕は決して根暗でも陰キャでもないんだ!」


 ……何故かよく分からない寝返り方をした、地雷を踏まれたかわいそうな少年は置いておくとして。


「お前ら、ディアロフト大森林の深くまで入った経験は?」

「ないよ!」「ないな」「ないわね」「ないです」


 全然駄目じゃねえか……話にならんな。


 ならせめて、これから行く場所の危険性についてどれだけ知っているのかを確認させてもらおう。


「じゃあ、"スキンテイカー"って知ってるか?」


 急な俺の発言に、首を傾げる一同。

 

 この反応を見るに、やっぱり知らないか。

 

 ディアロフト大森林でも遭遇する可能性のある魔物なんだが、こいつについては生息域やらそもそもの危険性と生還率のせいで情報があまり出回ってないのもあって、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないな。


「ディアロフト大森林では特に、かなり奥部の方に生息する魔物だ。そして過去に俺があの森で出会った中で、今のところ一番厄介な魔物でもある」


 常に複数体の群れ規模で行動する猿型の魔物だが、その賢さは一般的な猿の知能とは比べ物にならない。

 奴らは獲物の毛皮や皮膚を剥ぎとり、それを生活用品の素材としたり戦利品として住処に飾る癖がある。

 

 何より特筆すべきは、その猟奇性と残虐さ。

 恐らく他の知性ある魔物と比較しても群を抜いているだろう。


 さっきスキンテイカーは獲物の皮を剥ぎとると言ったが、それは何も殺したあとにそうするわけじゃない。


 そう、奴らは対象の皮を──生きたまま剥ぐのだ。


 そしてその最中に、獲物が苦痛に藻掻く姿や苦悶の声に快楽を感じる。

 中には興奮のあまり絶頂する個体もいる。


 奴らが『狩り』で最も重きを置いているのは、効率や素早さ、獲物の数ではない。


 相手にどれだけ痛みを与えられるか、そしてどれだけ苦しめられるか。

 それこそが、スキンテイカーが凶悪で恐ろしい魔物と評される所以なのである。


 と、そんなことを説明してやると、全員が面白いくらいに顔を青くした。


 だが、追撃の手を緩めることはしない。


「それで、そのスキンテイカーを狩猟可能とされるランクの目安だが……多分だいたい金級が五人くらい。丁度お前ら全員でやっと一匹ってとこかね。当然奴らは群れ単位だから、まぁ普通に遭遇したら死ねるだろうな」


 唐突だが、ハンターには"ランク"というものがある。


 下から順に、鉄、銅、銀、金、白金、黒だ。

 この中で最も分布が多いのは銀。次いで銅。


 そんな中で、フォックス率いるパーティ──【白翼の鷲】は、全員が金級のハンターで構成されている。

 なるほど自信の持てる強さだ。何より、まだ若いメンバーしかいないのに全員が金級に登り詰めているその実力は素晴らしい。

 

 ……だが、それでも頂点ではない。

 まだまだ超えるべき壁はあるし、手に負えない相手は存在するのだ。


「俺は今日、あの森の奥の方まで探りに行くつもりだ。もしかしたらスキンテイカーとも出くわすかもな。お前達とはそれなりに付き合いがあるし、だからこそはっきり言わせてもらうが……どうせ足手まといになるだけだぞ」

 

 何が危険かも知らずに好奇心だけで死地に赴くなど、自殺行為もいいところだ。

 こうまで強く言えば考えを改めてくれるだろうと、俺はそう思った。


 しかし、そんな意思を込めた俺の警告は逆効果だったようで──


「へへっ、ジョートーじゃん。逆に燃えてきたよっ!」

「だな。増々興味が湧いてきたぜ!」

「ええ。そこまで言われてしまっては、引き下がるわけにはいかないわね」

「……そうですね。僕たちにもプライドというものがありますから」


 そんな蛮勇とも向こう見ずとも言えるメンバーたちの発言を聞き、フォックスがとうとう本気の怒りを見せた。


「お前ら、今の話をちゃんと聞いてたのか!? 俺たちがついていけばヴァニの迷惑になるだけなんだぞ! それに、何もできずに無惨に死ぬかもしれないんだ! まさかその責任まで、ヴァニに負わせるつもりか!?」


 しかしその怒気に怯むことなくマヤが言い返す。


「ううん、そんな甘いことは言わないよ。アタシたちのことはアタシたちでやる。それで死んじゃったら、そのときはそのときだよ。誰もヴァニっちに文句は言わない」


 立派な覚悟だが、お互いの根っこに抱える想いが食い違っているなぁと思った。


 誰も死なせたくないフォックスリーダーと、死ぬ危険を承知の上で冒険を望むマヤたちメンバー


 このすれ違いは、一度しっかり当事者同士が認識し合わないと、いつか致命的なものになるだろう。


 とはいえ、これはあくまで【白翼の鷹】の問題。

 メンバーでもない部外者の俺が口を出す領域ではない。


 ……本来はな。


「お前らの覚悟は分かった。ハンターに懸ける気持ちもな。けど、大事なことを見落としちゃいないか?」


 全員の視線がこちらに集まるのを確認した後、再び言葉を紡ぐ。


「確かに人の意思や思想ってのは、個人の自由であり権利だよな。だけど、だからこそ互いを尊重し合う気持ちが大事になってくるとも俺は思うんだ。お前ら自分の気持ちだけを優先して、相手に目を向けることを忘れちゃいないか?」

「それは……」

「…………」

「フォックスは、お前ら全員の命を預かる立場にいる。そんなこいつが、お前らの気持ちを汲まずに自分の都合だけで主張を押し通そうとしてるってんなら話は別だぜ? けど、果たして本当にそうか?」


 いや、ぶっちゃけフォックスだけじゃなく、俺の意思も多少は入ってるけど。


「リーダー……」


 マヤを筆頭に、他の面々もフォックスの方に視線を向ける。


「さて、俺が言ってやれるのはここまでだ。後はお前らの問題で、お前らにしか分からない気持ちがある。だから、しっかり話し合って折り合いつけろよ。待っててやるからさ」


 そう言い残し、俺は背を向けて後ろ手に手を振って壁際まで歩いて行く。


 何だか授業を真面目に聞かない生徒に怒った先生みたいな感じになってしまったが、普通に仲間割れとか見ててしんどいからな。それが全員面識ある奴なら尚更のことだ。

 

 これで「やっぱりやめます、大人しく待ってます」となってくれるのがベストだが、まぁ最悪ついてくることになっても何とかなるだろ。

 いざとなれば、俺が全部倒せばいいだけだ。


 しかし、連日誰かに偉そうに説教垂れるのはキツいな。

 俺自身、正直『どの口が言うんだ』って感じの内容だったし。


 そんなこんなで意図せず抱えてしまった諸々のストレスを誤魔化すために煙草の煙を吐いた瞬間。


「すみません、メインホールは禁煙ですので」

「あ、申し訳ない。つい」


 職員に注意されて、そういえばそうだったと慌てて携帯灰皿に煙草を捨てた。


 …………締まらないなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る