第3話:「早朝からのトラブルメーカー」
翌日の早朝。
俺はいつも泊まっている宿の自室の姿見の前で自分の装備を再確認していた。
ダークブラウンのコートに、動きやすく小道具を沢山収納できるポケット付きの黒いズボン。
背負い袋に、腰の両脇の鞘には愛用の双剣。本当は遠距離攻撃用にクロスボウでも持っていきたかったんだが、かさばるからな。
投げナイフが数本あれば十分だろう。
「ま、こんなもんでいっか」
部屋の扉を開け、階段を下ってロビーに行く。
まだ太陽が半分ほど顔を覗かせているだけだというのに、そこにはもう働き始めている男がいた。
宿の主──ガレオンはこちらの姿を認めるなり、一見すればゴリラと見間違えそうな強面をニヤリと歪ませて力こぶを作った。
「おう、ヴァニか。今日も早いな」
「ああ、ガレオンさん。あんたこそちゃんと寝たのか?」
「誰に物言ってやがる。こちとら店主として働き始めて数十年、もう慣れたもんよ」
もう五十近い年齢になるはずなのに、その鍛えられた肉体は現役のハンターにも引けを取らない。
俺がこの帝都に辿り着いてからずっと世話になっている相手だ。
「んじゃ、仕事行ってくる」
「おい待て、メシは食ってかなくていいのか?」
「あー、今日はいいかな。適当に水で腹を膨らますさ」
「ったく……ハンターたるもの身体が資本だぞ? そんなんじゃいつかヘマするって、いつも言ってんだろうが。ほら、何も食わないよりはマシだ。こいつでも行きに食っとけ」
そう言うと、ガレオンは厨房から拳大程のパンを投げて寄越してくる。
「っと、いいのか?」
「へっ。まぁそいつはサービスだ、
「ありがとな、ガレオンさん。今日の晩飯はここで貰うよ」
「ああ、気ぃ付けて行ってこいや」
相変わらず初見が見たら悪党の親玉みたいな笑顔のガレオンに片手を挙げ、今度こそ俺は宿の玄関扉を開けて外に出た。
皇帝のお膝元である帝都ということもあって、こんな時間からでもそこそこ人の往来はある。
人の視線が嫌いな俺は、フードを被りながらガレオンに貰ったパンを齧った。
「さて、どうしたもんかね……」
このままディアロフト大森林へすぐに向かってもいいんだが、やっぱりタダ働きは嫌だ。
適当に大森林近くの依頼を引っ掛けて、少しでも足しにしたい気持ちがある。
別に金に困ってはいないんだが……多くて損はしないからな。
ということで、周りの景色を見ながら歩くこと十数分。
デカデカと"ハンターギルド"と書かれた看板のある大きな建物に辿り着く。
キィ、と音を立てて木製の扉を開けると、ガヤガヤとした声が聞こえてきた。
ハンターの基本的な行動方針は早朝からの活動だ。
理由は単純で、夜になれば夜行性の魔物が多く活動しだして危険だし、何より視界も悪い。それに、遅くなればなるほど受けられる依頼というのは限られてくるからだ。
もっとも、逆に夜に活動せざるを得ない依頼なんかもあるが……
そのため、ハンターギルドの中には既にハンターがちらほらと集まり始めていた。
併設された酒場の方を見ても……まぁ、こんな時間だしな。何人か朝食を取っている奴しかいない。
そして、依頼が貼ってあるボードの方へ足を進めようとした時だった。
「おっと、主役のお出ましだぜ。ようヴァニ」
「あ?」
自称、孤高の一匹狼を気取っている俺に話しかける奴なんてほとんどいない。
思わず剣呑な声を出しながら、こちらを呼び止める声のした方に顔を向けると、そこには昨日会ったばかりの顔があった。その後ろには、彼の仲間たちもいる。
「んだよ、お前らか。久しぶりだな、これから仕事か?」
俺がそう声をかけると、栗色の髪をサイドハーフアップにした快活な少女が目の前に飛び出してくる。
「何言ってるのさ? アタシたちもついていくんだよ! えっへへ、久しぶりだねー! ヴァニっち!」
「はぁ? マヤ、お前何言って──」
困惑しながらフォックスの方に顔を向けると、申し訳なさそうに苦笑しながら頬を掻いていた。
意味は伝わったが、意図が分からず困惑していると続けざまに声が上がる。
「……すみません、ヴァニさん。一応、僕とフォックスさんは止めたんですよ。ええ、
申し訳なさそうにテンション低くそう言う少年の名はロイ。
フードを目深に被り、更にマスクで口元まで隠しているのが特徴だ。
「ハッハ! 昨晩は随分面白そうな話してたみてぇじゃねえか! まだ見ぬ強敵に挑むその心意気や良し! となりゃあ、俺様たちもついてくっきゃねぇよなァ!?」
「うるっさ、朝からうるさい。声がデケェよオッサン。……相変わらずだな」
最初に俺を呼び止めたぼさぼさの赤髪に赤い髭をしたヴァイキングのような巨漢、ハーラルドは豪快に笑う。
「ごめんなさいね、ヴァニ君。コレはもう手遅れだから、許してあげて?」
琥珀色の長髪が印象的な年若い女性──クリスティナが、ハーラルドの代わりに謝罪してくる。
蠱惑的な雰囲気の漂う美女は、次の瞬間その黒いブーツの踵で思いっ切りハーラルドの足を踏んづけた。
「おおうッ! 痛ぇなクリスティナ!? テメェ何しやがる!?」
「あら、失礼。まさか音の鳴る玩具だとは思わなかったわ。随分不思議な所にスイッチがあるのね? 面白そうだからもっと試してみようかしら?」
「んだとォ!?」
そんな二人のやり取りを見て、マヤが愉快そうに笑う。
「あはは、二人とも朝から元気だねー!」
「……それは君も同じでしょ」
「むっ、ロイは逆にテンション低すぎなの! そんな陰気そうにしてたら駄目だよ! ほら、えっと……アレ! インキャ? ってやつになっちゃうよ!」
「なっ!? だ、誰が陰キャだッ! 僕は断じてそんなんじゃない!!」
俺はその光景を見て、ズキズキと痛み始めたこめかみを抑える他なかった。
「……駄目だこいつら、埒が明かねぇ」
「分かってくれるか……」
いつの間にか俺の隣にやって来ていたフォックスも、疲れたようにため息を吐く。
その心労を慮って労ってやりたいところだが、こいつには問いたださねばならないことがある。
「んで、何でこうなった?」
「いや、それがな……」
それから、フォックスが説明した事の経緯はこうだ。
昨晩、俺と別れたフォックスはパーティで借りている家に帰宅。
ホームに到着するなり、出迎えたマヤに俺との飲みの席での話をせがまれ、色々と話すことになったらしい。
もちろんこの際、森に関して俺と話し合ったことは伏せたとのことだ。
そしてそうこうしている内にメンバーが全員集結し、雑談にシフト。
話の流れで件の森の噂の話題になったそうだ。
フォックスは何とか話題を逸らそうとするが、マヤが『面白そうだから行ってみたい』と言い出した。
その発言にまずハーラルドが同調し、次にクリスティナが同意。
次々と大森林に行く方向で話が進んでいってしまうため、フォックスは慌ててそれを止める……が、逆にそんなフォックスの態度を訝しんだメンバーたちに理由を問い詰められ、結果的に洗いざらい白状。
マヤ、ハーラルド、クリスティナの三人が『それなら明日、ヴァニと一緒に行けばいいんじゃね?』と言い、それをフォックスとロイで必死に阻止しようとするも、奮戦虚しく惨敗した。
「で、今に至る……と」
「本当にすまない」
「まぁ、仕方ないだろ。正直、遅かれ早かれこうなってた気はする。うん……むしろあいつらならノリノリで行きそうだなって思ってた」
「頼む、ヴァニ。今からでも遅くない。一緒にあいつらを止めてくれないか?」
「オーケーだ」
俺に異論はない。
確かにこいつらは全員優秀なハンターだが、それでも昨日言った通り死の危険が全くないわけではないからな。
わざわざ危険な場所に赴く必要もあるまいよ。ここは俺が一肌脱いでやるとしよう。
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