第7話:「静寂という名の違和感」

 大森林内に入ってから一時間と半分ほどが経った。


 《守手ガード》の"役割ロール"を持つハーラルドを先頭に、そのやや後ろに《進撃アサルト》のフォックスとクリスティナ、最後尾に《狙撃手スナイパー》のロイと《補助者サポート》の俺という順番で進んでいる。

 マヤは俺たちより少し先に進んで《斥候スカウト》の役割を果たしていることだろう。


 今のところ、マヤからの敵の情報はない。

 また、最後尾で警戒する俺の方でも敵の気配は察知できていない。


「しかし、冷えるわね」


 ぽそり、と俺たちの前を歩くクリスティナがぼやく。


 クリスティナの恰好は、お世辞にも防寒対策が練られているとは思えない。

 何せ着ているものといえば、露出の多いオフショルダードレスに、膝上辺りまでのロングブーツだけだ。

 

「そりゃあ、寒いだろうな」

「……この森は高い樹木の葉で殆ど日光が遮られてますからね。ただ、それなりに着込んでいる僕も寒さを感じます」


 俺の感想をクリスティナへの同意と受け取ったのか、ロイが言葉を引き継いだ。


 まぁ、確かに少し肌寒い気はするな。

 俺たちが住んでいるこの国は大陸の北部に位置する。

 皆、寒さには慣れているはずなんだが……。

 

 それに、今の季節は晩春。

 いくら寒冷地帯とはいえ、普段はそれなりに過ごしやすい気候だ。

 現に森の中に入るまではそうだった。


「……まさかね」

「ヴァニさん、何か……?」

「いや、なんでもないさ」


 頭の中に微かに浮かんだ不気味な想像を、かぶりを振って追い払う。


 そのタイミングで、丁度偵察に出向いていたマヤが帰ってきた。


「みんな! この先にカームレリーの群生地があったよ!」

「ナイスだ、マヤ。案内してくれ」

「うんっ、ついてきて!」


 マヤの先導で、今回の依頼の品であるカームレリーという植物の元へ向かう。


 十数分ほど歩いたところに、それはあった。


「こんだけあれば余裕だな」

「ああ。それにしても多いな……流石は未開の森か」


 辺り一面に咲く白い花。

 

 その花の香りには安眠作用があり、不眠症に悩んでいる人に重用される。

 また、茎を潰して出てきた汁には一時的な鎮痛作用があり、こちらはしょっちゅう傷を負う機会のある兵士やハンターに必要とする人間が多い。

 

 総じて、有用性の高い薬草と言えるだろう。


「それじゃあ、手分けして採ろう」

「ええ」「分かりました」「おっけー!」

「了解だ」


 軽くバラけてカームレリーの採取に取り掛かる。


 必要納品数は六十本。

 一人十本程度摘めばいいだけだから、楽な作業だ。


 ……と、思ったのだが。


「ハーラルド? どうしたんだよ、そんなとこに突っ立って」


 ハーラルドは気まずそうに頬を掻いてその様子を眺めているだけ。

 不思議に思って声をかけると、それを聞いたマヤが「あー」と声を上げた。


「いやー、ハーさんはセンサイな作業が苦手なんだよ。だからそのー、……ね?」

「オーケー、全て理解した。皆まで言うな」

「……面目ねぇ」


 うん、まぁイメージ通りだ。

 これは訊いた俺が悪かったな。ノンデリってやつだ。


「……脳筋ゴリラね」

「ッおいテメェ、クリスティナ! 聞こえてっぞ!」

「お前ら静かにしろ! こんな場所でまで喧嘩するな! クリスティナも、いちいち煽るんじゃない」

「「…………」」


 ……ははは、相変わらず賑やかだねぇ。

 

 それにしても、フォックスがまるでオカンのようだ。

 苦労多きリーダーに子守の大変さを幻視しながら、てきぱきと手を動かし続ける。


 ハーラルドが参加できないとて、カームレリーはあちこちに生えてる上に個人のノルマも所詮大した数ではない。

 すぐに採り終え、手と膝に付いた土を払いながら立ち上がると、他の面々も完了したようで続々と同じように立ち上がった。


「よし、全員終わったな。それじゃあ一ヶ所に集めよう。ロイ、管理は頼めるか?」

「ええ。それでは皆さん、こちらに……」


 ロイは一人ずつカームレリーの束を受け取り、その数を数えてリュックの中にしまっていく。


「……よし、六十本丁度だ。これで依頼は達成です」


 報告を受けてフォックスは頷いた。


「じゃあ、いよいよここからが本番だ。全員、くれぐれも警戒を怠らないでくれ」

「なぁ、その前に俺から一ついいか?」

「……? どうしたんだ、ヴァニ?」


 このまま魔物捜索の流れに、と行きたいところだったが。

 流石にこれ以上この違和感を無視はできない。


「さっきからずっと、妙だとは思わないか? 耳を澄ましてみろ」

「……何も聞こえないが?」

「そう、何も聞こえない・・・・・・・んだよ。本来なら聞こえるはずの鳥の声、獣が草木を踏みしめる音、そういうものが一切な。多分、ロイとマヤも薄々気付いてたんじゃないか?」


 そう確認すると、二人とも不思議そうな顔で頷く。


「……付け足すなら、ここに来るまで一切魔物に遭遇しなかったのも変です。最初は不信ながらも周知するほどではないと黙っていましたが、時間を経るにつれて段々とその疑念が当たっているのではないかと思い、そろそろ発言するか迷っていました」


 続けてマヤが言う。


「うん、アタシの方もだいたい同じ感想だよ。地面とか木の幹、色んなところをマーキングしながら注意深く見て行ってたけど、まったくって言っていいくらい何も見つからなかった。この森って魔物が沢山いるはずだよね? なのに、こんなに何もないのって変じゃないかな?」


 何度でも言うが、ディアロフト大森林は大量の魔物が蔓延る危険地帯だ。

 少しでも奥に足を踏み入れれば、次から次へと魔物が襲い掛かって来る。

 だからこそ今の状況はおかしいのだ。


「お前ら、依頼を受ける前にロイが言ってたことは覚えてるよな?」

「もしも俺たちが探している魔物がとてつもなく強大な存在だった場合、他の魔物はどう動くか……だったか?」

「──怯えて姿を隠す、だったわよね」

「ご名答。単刀直入に言おう、今の状況──まさにそんな感じじゃないか?」


 きっと全員が、頭の中で想定しうる最悪の可能性を思い浮かべたことだろう。


「つっても、ここで引き返すわけにはいかねぇだろう? フォックスよ」


 重たい沈黙を破ったのは、ハーラルドだった。

 彼は腕を組んで、リーダーに今後の行動について問いかける。


「……そうだな。今、この森で異常なことが起こっているのは確信した。だが、肝心なその異常事態を引き起こした存在について、まだ何の手掛かりも掴めていない。そして、こんな場所では作戦会議を開いている余裕もない。俺たちに残された行動は、進むか退くかの二択だけ。となれば……進む他ないだろう」

「ヘヘッ、そうこなくっちゃあな。ここまで来ておいて、何もしねぇで帰るなんてつまらねぇ結果だけは御免だぜ」


 結論が出たということで、俺たちは再び歩みを再開した。


 それから少しして、歩きながらクリスティナが疑問を口にする。


「けれど、これからどうするのかしら? 当初予定していた作戦も、こんな状況では意味がなくなってしまったわ。なにか探す当てはあるの?」


 クリスティナは冷静かつ鋭い質問を投げかけた。

 それに対して、ふとロイが数刻考えるような素振りを見せた後で何か妙案を閃いたようだ。


「……一応、検討は付けられるかもしれません」

「というと?」

「噂となった不気味な声。それが魔物同士の縄張り争いと仮定するなら、件の異常存在は闘争本能があると見ていいでしょう。それから、片方の声は狼のようなものだったと聞きます。……であれば、まずは狼型の魔物が巣にしそうな場所から探してみるのもいいかもしれません」

「なるほどな。いきなり当たりを引くかもしれないし、そうでなくとも痕跡は見つかるかもしれないってワケか。……ってことは洞窟か、あるいは斜面辺りが有力な候補かね」

 

 言いながら、俺は顎に手を当てて考える。

 しかし正直なところ、口ではそう言っても最初から当たりを見つけられる可能性は限りなく低いと考えるべきだろう。


 これだけ広大な森だ、群れの数は一つや二つではない。 


 その中から正解を探り当てるのにどれだけ時間がかかるか分からないし、最悪探している内に日が暮れる可能性もある。

 今は大人しくしている魔物達だって、夜になれば動き出す。

 当然、奴らだって生きているからな。水や食い物を摂取しなければ死んでしまう。


 ……いや、ここでそんなことを考えても意味がないか。

 目的もなく歩き回れば、それこそ何の成果も得られずに日没を迎えることになる。


「なら、アタシが探してくるよ!」

「ああ、頼ん──」


 フォックスが指示を出しかけたその時だった。


「アオォォォォオオオオオオン」


 まるでこちらの話にタイミングを合わせたかのように、どこからか狼の遠吠えが聞こえてきた。

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