第8話:「手負いの魔熊」

「……今の、全員聞こえたな?」

「ああ。ここからそう遠くもない位置だな」


 狼型の魔物を探そうとした矢先、聞こえてきた狼の遠吠え。

 あまりにも都合の良すぎる展開に多少の不信感を抱くが、所詮は魔物だ。

 そこまでの知能はない……だろう。

 

 俺たちが森に入ってからここに至るまでの動向を全て見ていない限り、ここまで綺麗にタイミングを合わせるなんていうのは土台無理な話だしな。


 だが、万が一という可能性もある。


 噂を聞いた限りでは、聞こえた声というのは地の底から響くような低い声と、狼の遠吠えのような甲高い鳴き声。

 互いに争っていたのか、あるいはもっと別の何かなのか。

 現状それを知る術は無いが、仮にそいつらが争っていたのだとして、後者の魔物がヤバい存在だった場合は俺たちはまんまと釣られていると考えることもできる。


 どうするのが正解だ?


「いや、何にせよ進むしかない……か」


 俺たちの目的は、この森に存在するかもしれない異常な魔物の調査。

 であれば、もしこれが罠だったとしてもその正体を確かめないことには話が進まない。


「フォックス、それからお前ら。全員一応覚悟は決めた方がいい」

「そうだな。確かめに行く必要はあるが、最悪の場合見るだけにして撤退も視野に入れよう」

「こりゃあ随分と面白れぇことになりそうじゃねぇか」

「うんっ」

「まぁ、行くしかないわね」

「……気乗りはしませんが。そうする他ありませんね」


 全員の意思確認を済ませ、遠吠えの聞こえた方向に向かって進む。


「ねぇ、リーダー。やっぱりアタシが先に行って見てきた方がいいんじゃないかな?」

「いや、状況が状況だけにそれは危険だ。全員で固まって行動しよう」

「りょーかいだよ」


 一応、今の所何か嫌な予感というものはしない。


 恐らくは普通の魔物だろうが……クソッ、俺らしくもない。

 ここまで過剰に警戒する必要がどこにある?

 いつも通りやることをやるだけだろう。


 ……いや、今回は俺一人じゃないんだ。

 だからこそ、ってやつなんだろうな。


 暗い森の中を慎重に進み、やがて少し開けた場所が見えてくる。


 果たしてそこにあった光景は──


「……なるほどな」


 そこにいたのは、ブラッドウルフという黒い毛並みに赤目の狼型の魔物がざっと三十匹ほど。

 それから、ブラッドウルフたちに対面し、立ち上がって威嚇している巨大な熊の魔物。名をベルセルクという。


 ひとまず考えていた最悪の状況ではなかったようだが、どうにも様子がおかしい。


 ベルセルクはディアロフト大森林の頂点捕食者というわけではないが、それなりに強者の位置に存在する魔物。それが、全身に傷を負って息を荒くしている。

 傷の付き方や格の違いからして、ブラッドウルフたちにつけられたものでないのは明白だ。

 

 であれば、一体何がベルセルクをここまで負傷させた?


 そもそも、ベルセルクはもっと奥の方に生息している魔物のはずだ。

 こんな早くに、しかもこれだけ広大な森の中ではまだ浅瀬と言えるここで遭遇するのはおかしい。


 疑問を抱きつつも、【白翼の鷲】の面々と目配せをする。


 別に討伐依頼を受けているわけでもないので奴らを討伐する必要はない。

 だが、貴重な手がかりを見つけたのだ。

 追い払うか、向こうにその意思がないなら狩るだけだ。


 しかし、ベルセルクはフォックスたちではまだ斃すのに時間のかかる相手。

 それはフォックスも理解しているようで、


「俺たちはブラッドウルフをやる。ヴァニ、ベルセルクは頼めるか?」

「ああ、任された」


 フォックスと小声でやり取りをし、頷き合う。


「……それじゃあ、行くぞ」


 フォックスの一声を合図に、全員で茂みから飛び出した。


「ウオラァァァアアア! かかってこいや魔物どもォォォ!!」


 先陣を切ったのは《守手ガード》のハーラルド。

 自身の身長の半分以上ある大斧を振りかざしながら、ブラッドウルフめがけて一直線に走る。

 大声を出して襲い掛かることによって、魔物の注目を自分に集めるのが目的だ。


 案の定、ブラッドウルフたちは突然の闖入者にベルセルクから目を離し、ハーラルドに唸り声を上げて威嚇し始めた。


 しかし次の瞬間、最も先頭にいたブラッドウルフの脳天が矢に射抜かれて崩れ落ちる。《狙撃手スナイパー》のロイによる狙撃だ。


 突然斃れた仲間に困惑の様子を見せたブラッドウルフたちへ、ハーラルドとフォックスが斬り込んでいく。

 次から次に斬り伏せられ、あるいは撃ち抜かれていくブラッドウルフの群れ。


 しかし相手はハーラルドとフォックス、それからロイだけではない。


「アタシもいるよ、っと!」


 《斥候スカウト》が得意とする気配遮断術によって背後から忍び寄ったマヤが、ハーラルドとフォックスに注視しているブラッドウルフたちの喉元を短刀で確実に掻き切って始末していく。


 そして、ある程度ブラッドウルフたちが固まって陣を成した場所を攻めるのはクリスティナ。


「いくわよ、巻き込まれないように気を付けてちょうだい。≪裂風刃ウェミナ≫!」


 魔法の詠唱と共に不可視の風の刃がブラッドウルフたちを襲い、その身体をバラバラに引き裂く。


 そんな彼らの戦闘の様子を視界の端で観察しつつ、俺はベルセルクと向き合っていた。


「よう、何があったんだ? お前のその状態……何かから逃げてきた・・・・・んだろ? ……なんて、訊いても言葉が通じるわけねぇよな」

「グォォォォ……!」


 どうやらこっちもやる気満々らしい。

 血走った目に殺意を漲らせながら低い唸り声を上げ、今にも襲い掛かろうと牙を剥いている。

 ただでさえ自分の命が脅かされている状況、そして傷による痛み、新たな脅威の登場。気が立たないわけがない。


 やるしかないよな。


 俺は一瞬の脱力の後、素早く地面を蹴ってベルセルクに飛び掛かった。

 が、流石は大森林の強者。その動きに反応して振り払うように爪を薙いでくる。

 

 片方の剣で爪撃を受け流し、カウンターにもう片方の剣でその巨腕を手首ごと切断。すれ違いざまに足首を斬り付けつつ、ベルセルクの後方に回る。


「グッガァァァァァ!」


 激痛に咆哮を上げながら、ベルセルクはぐるりと身体を反転させて残った片腕で追撃を狙う。

  

 それに対して俺は双剣をクロスさせてガードし、その衝撃でわざと後方に吹っ飛び、丁度そこにあった樹木を蹴って再びベルセルクに飛び掛かった。

 と同時、右手の剣の持ち手を口で咥えてベルトから投げナイフを二本手に挟み、ベルセルクに向けて投擲。

 その狙いは寸分違わずベルセルクの両眼に深々と突き刺さり、視力を失ったベルセルクはヤケクソといわんばかりに全身を振り乱して暴れ出した。


 出鱈目に振り回される腕を冷静に見切って、丁度ベルセルクが身体の正面をこちらに向けつつ腕が外側に行くタイミングで肉薄し、片方の剣を喉、もう片方の剣を心臓部に突き刺した。

 突撃の勢いも相まってそれらはベルセルクの体に剣の根本まで突き刺さる。

 

 それでも即死には至らず、なおも暴れ続けるベルセルク。

 しかしその動きも徐々に鈍ってきて、遂に力尽きて倒れたところで脳天を貫いて楽にしてやった。


 周囲にこれ以上魔物がいないことを確認してから、剣に付着した血肉を振り払い鞘に納めたタイミングで、フォックスたちが駆け寄ってくる。


「見事な手際だったな、流石はヴァニだ」

「まぁ、元々手負いだったみたいだしな。それより、そっちも無事に終わったようで何よりだ」


 【白翼の鷲】の連中も全員怪我はなさそうだ。


「それにしても、厄介な状況になったもんだ……」


 俺は思ったことをぽつりと呟いた。


 噂の声の正体は、絶対にベルセルクのものではない。もっと別の何かによるものだ。

 もしかすれば後者の声に関してはブラッドウルフのものかもしれないが、少なくとも前者に関しては違うと言い切れる。


 今この森にいるであろう何かの存在。

 それが何であれ、ロクでもないヤツなのは確実だろうな。

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