第37話
次の日、中番で出勤すると、パートの先輩達の態度が妙に変だった。
挨拶しても、無視するし、休憩室に私が行くと、笑い声がピタっと止まる。
もしかして、彩月ちゃんのお母さん経由で、私の過去がバレたのかもと考えた私は、胸が苦しくなり、早めに休憩を切り上げ、更衣室に籠った。
すると、
"ガチャ"と、ドアノブが回る音がし、誰かが更衣室に入って来た。
「沙也加さん、今、応接室に来てもらえる?面談するから」
更衣室に入って来たのは、佐々木主任だった。
「……分かりました。今行きます」
応接室は、重要な話し合いで使われる部屋で、滅多に使われない。
もしかしたら、茶々丸への異動が決まったのだと思い、私は緊張しながら、応接室のドアを叩いた。
「川村です」
「どうぞ、入って」
扉を開けると、そこには、佐々木主任の他に、奥さんもいた。
私はソファーに座り、
「異動の件ですか?」と尋ねた。
すると、佐々木主任は、
「異動の理由も、そう言う事だったのね」
と、訳のわからない言葉を放った。
そして奥さんからは、こんな質問をされた。
「単刀直入に聞きます。川村さんは、斉藤侑くんと、交際しているんですか?」
あまりにも予想外の質問に、私は動揺した。
「つ、付き合っていません」
佐々木主任は、ため息をつきながら、パソコンを開いて、私にある動画を見せた。
その動画は、私と彼が一緒にいる、昨日の映像だった。
彼が声を上げて泣いて、私が慰めている映像で、見つめ合い、指を絡ませた場面もあった。
どう見ても、恋人同士にしか見えない。
その映像を見せられながら、佐々木主任の攻撃が始まった。
「結局、茶々丸でもイチャつきたくて、部署異動出したのね」
「ち、違います。それにこれは、イチャついでたのではなく、彼を慰めていたんです……私達は友達です」
「友達?川村さんの家に行った帰りなんでしょ?……斉藤侑くんのお父さんは、それを知っているの?」
「お父さんは、知りません」
「まだ19の……しかも障害者の子を許可なく連れ出して、何を考えているの?……茶々丸は障害者施設でもあり、預かってる立場なのよ。それにあなた、女子の誘いは断るくせに、男とは遊ぶののね?パートさん達、呆れてたわよ」
佐々木主任の口調は荒々しく、かなり怒っていた。
そして今度は奥さんが、おっとりした口調で話し始めた。
「未来ちゃんが、お店を辞めた本当の理由は、斉藤くんが怖いからだって。しかも川村さん、斉藤くんを庇うために、口止めを指示したんでしょ?未来ちゃん、人間不信になって、病院通ってるそうよ」
動画の情報提供は、やはり未来ちゃんの仕業だった。
「斉藤くん、未来ちゃんを襲おうとしたんでしょ?それに、川村さんを怪我させたのも、斉藤くんなんだってね?」
「侑くんは、未来ちゃんを襲ったのでは無く、未来ちゃんが、マスカットを盗もうとしたから、それを止めようとしたんです。それに私の怪我は、私の不注意です」
「未来ちゃん、不良品をはじいただけなのに、泥棒扱いされたって泣いてた。彼氏である斉藤くんを庇うために、裏工作したの?」
いつも温厚な奥さんが、眉を顰め、疑うような目で私を睨んだ。
「報告しなかったのは良くない事ですが、私が庇いたかったのは、未来ちゃんの方です。マスカットの件を話したら、未来ちゃんが解雇にされると思って、3人の秘密にしました」
「川村さん、いい人ぶるのはもうやめて。私はあなたを信頼してたのに、裏切られてショックなの……」
「なら、防犯カメラ、確認して下さい。そうすれば分かります……誰が嘘をついているのか、調べて下さい」
私は、防犯カメラを見れば、簡単に解決すると思っていた。
しかし返って来た言葉は、
「データーは2ヶ月で消去されるの。それにあなたは、事件を報告をしなかった。怪我の事も、家で転んだと、嘘をついた。だから今は、未来ちゃんの証言を信じます」
……だった。
「それでね、うちとしては……人を襲うような子は雇用できない。だから斉藤くんには辞めてもらうつもり。川村さんは、当分の間、月60時間の勤務になります」
月60時間勤務だなんて、結局私にも、退職しろと言っているようなものだ。
私はそれでも構わない。
でも彼の解雇は、納得いかない。
彼は正義を貫いただけなのに、犯罪者にされ、解雇になってしまったら、また、人間不信になり、自分を責める。
……そんなのはダメだ。
だから私は反論をした。
「侑くんは無実です。未来ちゃんの方が嘘つきです。未来ちゃんは、今まで何度も遅刻して、出勤時間を不正しています。おそらく佐々木主任のパスワードで、遅刻を修正しています。あの日も30分遅刻しています。調べて見て下さい」
「何を言ってるの?遅刻の件は、今は関係ないでしょ……腹いせ?格好悪いわよ」
佐々木主任が、メガネの位置を整えながら、嘲笑うかのように言い放った。
「私が言いたいのは、どっちが嘘つきかって事です……」
「とにかく、斉藤くんには辞めてもらいます。面談は終わります」
奥さんは、私の目を見る事無く立ち上がり、部屋を出ようとした。
私は、奥さんの前に立ちはだかり、気持ちをぶつけた。
「今回の事は、私が責任を取り辞めます。だから、侑くんを辞めさせないで下さい。それとこの話は、彼には話さないで……」
「今から、斎藤くんのお父さんに事情を話します。あなたは売り場に戻りなさい」
「せっかく、仕事を楽しいと思えたのに、こんなことされたら、彼は立ち直れなくなります。お願いです。彼を傷つけないで」
「川村さん、邪魔よ。早く売り場に戻りなさい」
「じゃあ、侑くんが襲った証拠を、私に見せて下さい。証拠も無いのに彼を解雇したら……私があなた方を訴えます」
私は、強気な態度で応接室を出た。
本当は、訴えれる証拠も、弁護士を雇うお金も無いのに、私は、はったりをかまし、そして仕事を辞めた。
仲間だと思っていた人に、裏切られ、味方だと思っていた人には信用されず、悔しくて、悲しくて、家に着いた途端、私は泣き崩れた。
誰かに話したくて、誰かに慰めて欲しくて……
目に浮かぶのは彼の顔で、彼の存在の大きさを思い知らされた日だった。
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