第5話 ナイトバードのソテーアプラス風③

 そして、記憶の映像は、スゥッとノエルの視界から消えていった。

 ノエルはハッと我に返り、ランスロットを見やると、彼は静かに座ったまま、ナイトバードのソテーを見つめていた。夜空の月に照らされたランスロットの顔は、とても悲しそうだった。


「俺は、この料理をアンジュと共に作ったことがあった。しかし、先程まで忘れていた。大切な、家族との記憶を……」


 ランスロットは覚悟を決めた顔つきで、ノエルに視線を向けた。


「俺は、他にいったい何の記憶を失っているんだ? アプラス領がなくなってしまった理由も、俺は忘れてしまっているのか?」

「そう、だと思います。あなたは闇の世界にいた三百年の間に、記憶を失くしている。少し、思い出したみたいだけれど」


 ノエルはゆっくりと、自分の知っていることと、推測したことを話し始めた。

 三百年前の魔王大戦のこと。ランスロットの【勇者殺し】。【常闇の刑】。消滅したアプラス領。記憶が失われていること。そして――。


「私はノエル・ルブラン。アンジュではありません。アンジュ・ルブランは、生涯結婚しなかったけれど、養子を迎えました。私はその子孫です」


 目の前の少女が、アンジュではない。アンジュは、当の昔に亡くなっているという事実に、ランスロットは震えていた。


「全て、信じ難い……。信じたくない! 俺がユリウスを殺し、そのせいで父が自害し、アンジュを一人残してしまったなど! 何故、そんなことに」


 予測を遥かに上回っていた事実に、ランスロットは苦しそうに言葉を吐いた。

 その姿は酷くつらそうで、ノエルは彼に何と声をかけていいかが分からず、ギュッと唇を引き結ぶ。


 もしかしたら、【勇者殺し】の伝承が間違いで、この人は罪なんて犯していないのでは? もしくは、誰かに罪を着せられたのでは?


 ノエルがそう思いたくなる程に、ランスロットは絶望の表情を浮かべていた。


 しかし、証拠も根拠もどこにもない。

 もし、ノエルが信じるとすれば、偉大なご先祖様であるアンジュ・ルブランが彼を生涯愛したという事実と、自分の直感だけだ。


(じゃあ、それを信じるしかないじゃない!)


「ランスロットさん! 私は、あなたが記憶を失くしているとはいえ、とても悪い人とは思えません。ご先祖様が信じたあなたを、私も信じたい」


 ノエルは、ランスロットの震える手を、自らの両手でそっと包み込んだ。血の通った、温かい手だった。


「勇者を殺した男だぞ? 怖くないのか?」

「怖くないです。短い間ですけど、あなたがアンジュをどれほど大切に思っているかを感じたから」


 ランスロットは驚いた様子でノエルを見つめ、ノエルは優しい笑顔をランスロットに向けた。


「私、あなたが憎しみで誰かを殺すような人だとは思えないんです。だから、すべて記憶を取り戻して、あなた自身に本当の真実を語ってほしい! その手伝いをさせてほしいんです!」


 それは、ノエルの心の底から出た素直な言葉だった。このままランスロットを放って置けなかった。信じたかった。味方でありたいと思った。


「お前の皿からは、俺への優しさを感じた……。だから、お前の気持ちが本物ということは分かる」


 ランスロットは、ノエルに笑みを向けた。痛々しくも、絶望に負けまいとする笑みであることをノエルは感じ取りながら、彼に手を差し出した。その手は、ギュッと握り返された。


「俺は、一人ではないのだな。ノエル・ルブラン」

「はい! それに、あなたが私とベーカリーカフェ ルブランを続けてくれる、っていう約束もありますから! 二人で頑張りましょうね!」

「心得た。頼むぞ、オーナー」


 ベーカリーカフェルブランの若き女店主と、【堕ちた聖騎士】の共同経営の旅が始まった瞬間であった。

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