第6話 パンケーキとスクランブルエッグ①
目覚めると、見慣れない天井、真っ白なシーツ、そして、美しい金髪の男性の姿が目に飛び込んできた。
「ひゃぁぁぁぁーっ!」
ノエルは驚きのあまりに、掛け布団を巻き取るように、勢いよくベッドから転がり落ちてしまった。ドスンっと音が鳴り、痛みと恥ずかしさがこみ上げてくる。
(びっくりした~! そうだ、私、ランスロットさんと宿に泊まったんだった)
もちろん、やましいことは何もなく、二人そろって天井を見上げたまま眠った次第だ。
そしてその経緯はというと、ランスロットの過去の記憶を取り戻させたいノエルと、ベーカリーカフェルブランを手伝いたいランスロットの二人は、昨晩のうちに緑の里ロンダルク領にやって来た。
そこで馬車での車中泊も考えたのだが、ランスロットが、「若い女が馬車で寝るなど言語道断!」と猛反対したため、急遽宿を取ったのである。
しかし、ランスロットは1Gもお金を持ち合わせていなかったため、支払いはノエル。ノエルが今後の生活のために部屋代をケチったために、ダブルベットの部屋に泊まることとなったのだった。
「だめ! 朝からイケメンは刺激が強すぎる」
ノエルはよろよろと立ち上がり、眠っているランスロットにそっと掛布団を被せた。
彼は、随分と気持ち良さそうな顔で眠っていた。古臭い鎧を外した姿は、想像よりもスマートだったが、服の合間からは逞しい筋肉もチラリと見える。なんと魅惑的であることか。
(私、何じろじろ見てるんだろう! はしたない! 邪念よ、去れ!)
ノエルは恥ずかしくなって、一人でぶんぶんと首を横に振った。
しかし、見えたのは魅力的な筋肉だけではない。ランスロットには、相変わらず身体中に銀の鎖が巻き付いていた。
どうやら、あれは何処から生えているというわけではないが、衣服に関係なく常に身体に纏わり付いているらしい。闇の世界の後遺症か、それとも呪いか。
「ん……。アンジュ、朝か?」
ふとランスロットが眠たそうな声を出し、ノエルに向かって手を伸ばしてきた。
もし恋人ならば、素直に手指を絡める場面なのかもしれないが、残念ながらノエルはアンジュではない。ノエルは慌てて、「ランスロットさん! ノエルです! ノエル」と、身を一歩引いて、叫んだ。
「ノエル……?」
ランスロットはノエルの言葉にハッとしたようで、その拍子にベッドから転がり落ちた。
「くっ……! すまん、久々に深く眠っていたようだ」
三百年ぶりのベッドなのだから、それは仕方がないのかもしれない。
「聖騎士も、ベッドから落ちるんですね」
ノエルは自分のことは棚に上げて笑いながら言うと、ランスロットは気恥ずかしそうにシャツの襟を正した。
「今のは忘れてくれ。ノエル。さて、今日はこれからどうする予定だ?」
「そうですねぇ……」
***
まず、ノエルとランスロットはサーティスの馬車を売り払い、今後の生活費と出店資金に充てることにした。万が一、サーティスがノエルたちを追っていた場合、馬車のせいで足が付くのも困るため、早急に手離したかったことも理由である。
「アンタらいったい何者ね? こないなええ馬車を持っとるなんて、どっかの貴族様かい?」
ロンダルク領唯一の質屋は、ノエルとランスロットを不思議そうに眺め回していた。
さすがに領主の馬車だけあって、大満足の金額になったのだが、質屋は「こんな札束を出すことなんて、滅多にない」とボヤきながら、金の入った皮袋をノエルに握らせた。
「いえ~、まぁ、いただき物の馬車だったんですけど。趣味じゃなかったので。あはは」
ノエルは笑って誤魔化したが、自分たちが町で浮きまくっていることは理解していた。
特に、ランスロットである。
「あの……、ランスロットさん。せめて鎧だけでも外しません?」
中央市場を目指しながら、ノエルは遠慮がちに口を開いた。
「銀のぐるぐる鎖が取れないことは分かったので、せめて、その完全武装的な鎧を脱いだ方が……。ほら、この町って、とってものどかで平和ですし」
しかしランスロットは、何処吹く風である。
「俺はアンジュの子孫であるお前を守らねばならんからな。この白竜の鎧で、いつでもお前の盾になろう」
「そ、そうですか……!」
至って真面目に、そして真顔で恥ずかしいセリフを述べるランスロットに、ノエルは逆に圧倒されてしまった。
もう! 天然なの、この人? 私は悪目立ちしたくないだけなのに!
ノエルは仕方ないと諦め、軋む鎧の騎士を引き連れて歩く覚悟を決めた。領民たちの視線が痛くてたまらない。
緑の里ロンダルク領は、それはそれは穏やかな田舎町であり、剣や鎧とは無縁と言っても過言ではない。領民の大半が農業を営む、小麦や野菜の生産が盛んな町だ。領土の大半も畑であり、中央部の領主館と市場を除けば、あとは民家と野原があるだけだ。
「ここに来た記憶はあるぞ。当時は戦時中だったからか、もっと殺伐としていた気がするが。今のロンダルクは穏やかだな」
ランスロットは魔王大戦の際に、この町に来たことがあるらしい。知っている景色はないかと、きょろきょろと辺りを見回している。
「ロンダルク領だけじゃない。オーランド王国が平和なのは、きっと勇者や、ランスロットさんたちのおかげ、なんだと思います。ランスロットさん、魔王を倒したときのことは覚えてます?」
ノエルが言うと、ランスロットは考え込む表情を浮かべ、首を横に振った。
「魔王討伐の事実は覚えているが、どのような戦いだったかが朧げだ。それに、ユリウス以外の仲間の顔も思い出せん」
「それはなかなか思い出し甲斐がありますね」
ノエルは、もし記憶を取り戻すきっかけになればと、試しに勇者の仲間の名前をランスロットに聞かせてみることにした。
「ご存知、勇者ユリウス。あなた、聖騎士ランスロット。神官システィ。この三人が、オーランド人ですね。あとは、獣人戦士イワン。エルフ族の魔道姫リナリー ……。どうですか? 覚えはありますか?」
「さっぱりだ。会えば思い出すかもしれんが」
さすがに三百年も経ってるんで、それは……、とノエルはため息をつく。
「まぁ、焦らずいきましょう! 昨日みたいに、懐かしのメニューで何か思い出せるかもしれませんし!」
「あぁ。ありがとう、ノエル」
ランスロットは微笑みながら、ノエルの頭をぽんぽんと撫でた。アンジュの子孫だからか、すっかり子ども扱いである。
「は、 恥ずかしいので、人前ではやめてください!」
ノエルは頬を赤らめながら、慌ててランスロットの手をどけさせた。
大人顔負けの料理人ではあるが、これでもノエルは年頃の少女である。年上の、しかも美しい男性を前にしては、当然ドキドキしてしまう。
「すまん、不快だったか」
「いえ、不快ってわけではないんですよ! だからそんな、あからさまに落ち込まないでくださいってば!」
そんなやり取りをしているうちに、二人は中央市場にたどり着いた。規模は大きくないが、採れたての野菜や果物、穀物を売る店が連なる賑やかな場所だ。
「ノエル、買い物をするのか?」と、ランスロットは、賑やかな市場を見回しながら言った。
まるで、そわそわと落ち着かない少年のようで面白い。
「えぇ、朝ご飯まだ食べてないですし。ランスロットさんはお腹空いてませんか?」
「騎士たるもの、三日程度は食べずとも平気だが」
「不健康なこと言わないでください! 笑顔と健康は、美味しい食事から、です」
ノエルは、市場周辺に食事処があるのではないかと踏んでいた。
しかし、探せども探せども、市場には素材を売る店はあるが、料理の店は見当たらない。
い、田舎だわ! 家なしの私たちは、野菜をかじるしかないの?
ノエルが、また野外クッキングをするべきかと思い始めた時――。
「おーい! もしかしてノエルか? 来るなら言ってくれたらよかったのに!」
という、快活な青年の声が、ノエルの背中側から飛んできたのである。
「その声……。ハインツ?」
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