第4話 ナイトバードのソテーアプラス風②


「本日のディナーは、野外クッキング! ランスロットさんに捕獲をお願いした、ナイトバードをソテーします!」


 アプラの巨木の前で、ノエルは高らかに宣言した。

 野外クッキングのために、簡易キッチンもこしらえた。と言っても、石を輪状に並べ、中心に火を入れた即席コンロと、切り株をテーブル代わりに、まな板と包丁、調味料を並べているだけだ。

 これは、ノエルが幼い時に父とキャンプに出掛けた経験を頼りに再現したものだ。記憶はおぼろげだったが、最低限の調理はできるだろう。


「アンジュ、どうしても料理が先か? アプラス領や父の話を先送りにされるのは……」


 ランスロットは、ずっと納得いかない様子でノエルに抗議の声を上げている。その気持ちは十分に理解できるのだが、ノエルはどうしても料理をさせてほしかったのだ。


「ごめんね、ランスロットさん。わがままかもしれないけど、私はあなたに食べてほしい料理があります。だから、お願い」

「……分かった」


 不服そうではあるものの、言われた通りに鳥獣下級モンスターのナイトバードを捕獲してきてくれるランスロットは、婚約者のお願いを断れないタチなのかもしれない。

 彼は素直に頷くと、豪快にナイトバードの下処理を始めた。慣れている様子であるため、もしかしたら過去にナイトバードの調理経験があるのかもしれない。


 そして、ノエルが料理を食べながら話をしたいと思ったことには、二つ理由がある。


 ひとつは、ノエル自身の心の整理のため。やはり、この信じがたい状況にはノエルだって戸惑っているのだ。せめて一息ついてから話したい。


 もう一つは、ランスロットに助けてくれた感謝の気持ちと、傷ついてほしくないという気持ちを伝えたいからである。


 彼とは出会って間もないが、スコーンを喜んで食べてくれたお客様で、サーティスから守ってくれた恩人。そして、おそらくご先祖様の恋人だ。大罪人かもしれないからといって、安易に傷付けたくはなかった。

「言葉に自信がない時は料理で想いを伝える」、それがノエルのやり方だ。


 ノエルは、両頬を手の平でぱちんと叩いて気合いを入れると、


「ありがとう、ランスロットさん。ナイトバードの下処理、とても上手ですね!」


 と、ランスロットに声を掛けた。


 彼はすでにナイトバードの血抜きまで済ませており、とてもただの聖騎士とは思えない手際の良さだった。


「あぁ。よく覚えていないが、昔どこかでナイトバードを捌いたことがある気がするな……。次は丸茹ででいいか?」

「はい、その通りです。茹でることで毛穴を開かせて、羽を抜き易くします。じゃあ、羽抜きまでお任せしていいですか?」

「任せろ」


 相手のことを深く知らない上に、大罪人疑いのかかった聖騎士であっても、ノエルはつい楽しい気持ちになってしまっていた。

 父が亡くなって以来、誰かと一緒に料理をするのは初めてだったのだ。ひとり孤独にキッチンに向かうのではなく、誰かが隣にいるというだけで不思議と安心できる。そして、忘れかけていた料理すること自体の喜びや、わくわく感が鮮明に蘇ってきた。


(私、いつの間にか忘れてたんだ。一生懸命に料理してばっかりで、それを楽しむ気持ちを失くしてた……)


 ノエルは純粋に嬉しくなりながら、「鶏の方は、よろしくお願いしますね」とランスロットに笑みを向け、自分はアプラの実を集める作業を始めた。


「風の精霊よ! 我の声に従い、舞い踊れ!」


 ノエルはアプラの巨木に両手をかざし、精霊に呼びかけた。すると、柔らかな風が吹き抜け、風に煽られたアプラの実が何個か降って来た。


 魔法料理人のノエルの魔法は、攻撃には向かないが、繊細で正確だ。精霊は、熟れた実だけを回収してくれたようで、ノエルからは自然と笑みがこぼれる。


 アプラの実は、甘酸っぱくシャリシャリとした食感が特徴の赤い果実だ。今ではどこにでもあるポピュラーな果実だが、かつてアプラス領のアプラは国一番と言われるほど、上質だったそうだ。

 今回、そんなアプラの巨木が一本だけ残っていたことは、大きな幸運だった。


「アンジュ、肉の準備はできたぞ」


 ノエルがアプラの実をせっせと調理している頃に、ランスロットはプリッと身が引き締まったナイトバードの肉を持って声をかけて来た。どことなく得意げな顔が可愛く見えてしまう。


「ありがとうございます! 素晴らしいです」


 ノエルは、いったんは「アンジュ」と思われていることは保留しておいて、笑顔で肉を受け取った。

 そして、愛用の包丁でをれを手早く捌き、フライパンで焼きにかかる。


「炎の精霊よ! 包み込め!」


 炎の精霊は、ノエルの声に応え勢いよく燃え上がった。ジュウジュウと軽快な音が響き、肉からは香ばしい香りが漂い始める。ノエルは、そこに料理酒と塩胡椒を加えた。


「美味そうだな」

「まだまだ! 決め手はソースです!」


 ランスロットはノエルの料理が気になる様子で、ソワソワとフライパンを覗き込んでいる。

 なんだか料理教室をしている気分になってきたノエルは、肉を焼き終えたフライパンに、ご機嫌にニンニクチップとアプラの実を放り込む。


「果物を焼くのか? てっきりデザート用かと思っていたが」

「心配そうな顔をしないでください。アプラの実は、火を通すと酸味と甘味が増して、ソースにぴったりなんです。……他にもオレンジとかベリーを使ったソースとお肉を合わせる料理って、意外と多いんですよ」


 そしてさらに、ワイン、バター、粒胡椒を加えて熱すると、ふわりと食欲をそそる甘酸っぱい香りがフライパンから溢れてきた。ノエルの思惑通り、アプラの実がいい仕事をしている。


「お皿のお肉にソースをかけて……と」


 ノエルは肉とソースを美しく皿に盛り付け、テーブル代わりの切り株の上にそっと置いた。


「《ナイトバードのソテー アプラス風》! 召し上がれ!」


 本当はパンも焼きたかったが、さすがに整った設備がないと厳しかった。だが、料理はルブラン家に伝わるレシピをベースにしているだけあって、自信作である。

 ノエルが見守る中、ランスロットは「さすがアンジュだ。戴くぞ」と、嬉しそうにナイフとフォークを手に取り、上品に肉をソースと絡め、ゆっくりと口に運んだ。所作が非常に美しく、育ちの良さが伺える。

 【堕ちた聖騎士】ランスロットは貴族の生まれだったと聞くが、やはり彼が本人なのか。


 ノエルがそのようなことを考えていると。


「このソテーの味、知っているぞ……。お前が父のために作ってくれた料理だ……!」


 ランスロットは、急に頭を抱えて俯いた。同時に、ノエルの周りの精霊たちがざわめく。

 あの時──、ランスロットがスコーンを食べた時と同じである。

 そして、彼の身体に巻き付く銀の鎖の一本が、ピキピキィッと音を立てて砕け散った。


「きゃっ!」


 鎖のカケラがノエルに向かって飛んで来たため、思わず叫んでしまった。

 しかし、痛みはなかった。カケラはすうっと光となり、ノエルの身体に溶け込むように消えていったのである。




 すると、さらに不思議なことが起こった。

 ノエルの脳裏に、見たことのない光景浮かんだのである。


 ミルクティー色の三つ編みをした、自分にそっくりな女性と初老の男性がテーブルを囲んで笑っているのだ。しかもテーブルの中央には、ノエルが今作った《ナイトバードのソテー》とよく似た料理があるではないか。


「アプラの実をソースに使うとは、いやはや、面白く美味な品だ。ランスロットよ、いい娘を見つけたな」


 初老の男性がにこやかに笑い、女性は照れた様子で首を振っている。


「お義父様、もったいないお言葉です」


 少しだけ年上に見えるが、彼女は声まで自分にそっくりで、ノエルは心の底から驚てしまう。まるで、生き写しだ。


「たしかにアンジュは、俺には過ぎた女性だ。俺も負けないようにしなければな」


 姿は見えないが、本当にすぐ近くからランスロットの声が聞こえる。


 もしかしたら、ノエルはランスロットの視点でこの映像を見ているのではないだろうか。となると、きっとこれはランスロットが思い出した記憶だ。自分はあの鎖のカケラに触れて、彼の記憶を垣間見ているに違いない。


「ランスロット、アンジュを大切にするのだぞ」


 初老の男性は、おそらくランスロットの父マリナスだろう。すると、この記憶はランスロットが婚約者を家族に紹介した時のものに違いない。


「心得ています、父上。まずは俺たちの結婚式を楽しみにしていてください」

「頑張って準備しましょうね。ランスロット」

「あぁ。もちろんだ」


 微笑み合うランスロットとアンジュ。その幸せに満ちた記憶に、ノエルの胸は、むしろ苦しく締め付けられた。


(どうして、この幸せは続かなかったの? どうして――)

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