Cさん
駐車場でタクシーを降りると、サビ柄の猫たちが駆け寄ってきてマユルくんを囲んだ。丸々として毛艶がいいのは餌付けする人がいるからだろう。しかしながら外猫に餌を与える行為自体よくないと考える人は多い上、ここは病院の敷地内である。苦情でも入るようなことが有ってはならないから周囲を警戒しつつ、こっそり三人でおやつを与える。
「この前は驚かせて悪かったな」
千明さんがしゃがみ込んで猫の皆さんに声をかける。彼の恐る恐る伸ばした手を、皆さんが寄ってきて小さな鼻でチョンと
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「後はよろしくお願いします」
アパートの鍵を千明さんが大きな掌で受け取ってくれる。最後に脱いだ服や使ったタオルは洗濯して窓際に干してある。
「・・・本当に行っちまうんですね」
「Ⅽさん」
「呼び方」
三人で笑って少し寂しくなる。もう本当に、彼らと連れ立って海にもスーパー銭湯にも行く日は来ないのだ。
「千明さん、母がお世話になってます」
「いいえ、こちらこそ」
「いつもありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
「任せてください」
よそよそしいような改まった会話に少し照れてしまい、
千明さんと改めて言葉を交わした日のことを思い出している。ずっと以前、母さんの運転手さんにご挨拶した時だ。
「ネットだとキャラ違うから全然わかんなかったよ。だから夏海くんだって知った時には変な声出たんだよな」
千明さんが変な声で言うから僕もマユルくんも笑う。リヒトさんも笑顔になった。
「だって必死にキャラ作ってたんですよ。僕は千明さんのことすぐにわかりました」
僕は弁明した。もしも知り合いが見ていたとしても僕だと特定されない必要があったり、侮られないよう虚勢を張る意味もあった。あの時の並々ならぬ覚悟を忘れない。
「ある意味オフ会だよな」
マユルくんが鼻で笑う。実は僕もそう考えていた。多分千明さんも。
僕が一年前あのスレを見るよりも前から千明さんと顔見知りではあった。
「もっと早く話せていれば良かった」
千明さんの言葉が僕の鼻をぎゅっと抓むみたいだった。しかも
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「昭和63年ってさ、俺ちょうど生まれた年なんだよな」
千明さんが煙草の煙を「ふっ」と吹き出す。笑ったのかと思ったけれど、心なしか残念そうにも見えた。前髪が長いから真意が読めない。帽子は脱いでいる。
「―――――どなたかに何か伝えたいことはありますか?」
そういえば尋ねたことが無かったな。最後に聞けばいいと考えて後回しにしていたのだ。今まさに、これが最後だ。今生の別れになるかもしれない。
「—————いや、俺はいい」
首を横に降ると前髪が揺れて、いつも隠れていた横顔が顕わになる。いけないと思いながら、額から目を覆って頬まで走る火傷の痕に目が行ってしまう。今までも昨日も何とも思わなかったのに。
「これもいいよ、結構気に入ってんだ。箔が付くだろ」
「あ、―――――はい」
謝るのも失礼な気がしてしまって、僕は下を向いた。フッフフと笑った声が聞こえる。
「これ持って行けよ」
見たことのあるロゴの書かれたショッパーをマユルくんから差し出された。虚を突かれるとはこのことだ。
「えっ」
「千明さんと俺と、リヒトから」
「
「ほら」
やだ、やめてよ。ほんとに泣いちゃう。いつもなら病室に残るマユルくんが点滴に付き添わないのは変だと少し思っていたけれど、こんなのって。
「ありがとう」
「また絶対どっかで会おう」
「はい。絶対に」
千明さんの手を握り返した。大きくて、引き寄せられるのもハグされるのも全部、物凄い力だから涙が引っ込んだ。笑ってしまう。彼が二十歳になる頃には僕は45歳か。まだまだ想像もつかないが少しは役に立てることもあるかもしれない。歳をとった分は成長している筈だ。していなければならない。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
“あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の
応募作は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。
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