第70話
「……ごほん」
「あっ。すみません」
菅原さんの咳払いで、ぱっと意識が元に戻る。そうだった。そもそもこれは私とアルの今後の処遇を決めるための話だった。
「散々聴取を受けて事実関係の確認をされた後でうんざりかとは思いますが。念のためもう一度確認させてください。……本当に何も覚えていないのですね?」
菅原さんの問いかけに、私は深く、とっくりと頷く。隣のアルにも私から同じ質問をすると、やはりアルも同様に首を振った。もちろん縦にだ。覚えていない、と言うことらしい。
私たちの様子から、嘘偽りのないことを確信したのだろう。
菅原さんはなんとも言えない顔をして眉間を揉みこむと……深い深い溜息を吐いた。
なんだか無駄に心労を増やしてしまって申し訳ないが、しかし覚えていないものは覚えていない。私は申し訳なさに縮こまるしかなかった。
私たちは死んだ。
絶滅ミサイル、とやらが降り注ぐ空間の中。確かに自分の死を実感した。
アルの腕の中に抱えられたまま、あの空間もろとも消滅して、私たちはそうして息絶えたはずだ。
結果として地球に損害はなく、魔王は勇者に倒されて、なべて世は事もなし……そうやって静かに終わりを告げる。
はずだったのだがどっこい生きてた。
何が何だかわからない。気が付いたら目が覚めていて気が付いたらなんかいろんな管やらホースやらが繋がっていて気が付いたら顔面蒼白で看護士さんやらお医者さんやらが辺りを走りまわっていて気が付いたら泣き顔のアルが近くにいた。
なんだか見覚えがある光景だった。一番最初にアルと出会った時。あの無窮の空間から助け出された直後のデジャブ。
病院で目覚めた私と、それを泣きそうな目で見ているアル。
違うのは私の心持だけだ。
あとはまあ、そう、私の恥とか醜態とかどのツラ下げてとかそういう、とにかく体面の方の話ぐらいか。
「……そう恥じ入るものでもないと思いますが。第一誰も気にしていませんよ」
「私が気にするんですぅー!あれだけかっこいい啖呵切っといて完全無傷とか!ていうか普通にあの時の自分が恥ずかしい!なんかすごいノリノリというか調子に乗りすぎというか最早海苔が養殖できてるレベルというか、とにかくすごいイキってませんでした、私!?」
「あなたたまに語彙が謎になりますよね」
「今そこ指摘するんですか!?」
ギャグを笑われずに冷静に評価されるほどの屈辱ないんですが、もしかして菅原さん、恥は上塗りすることで相殺可能だと思ってる?残念ながら我が家の恥は加点方式……どころか乗算方式だ。
すでに恥ずかしいことが二以上の数値で存在している以上、その大きさは加速度的に大きくなっていくほかない。
「いいじゃないですか。恥もイキりも大いに結構。命がなければそれすらできませんからね」
病室が静まり返った。アルは私の言いつけを守ってくれているのか、ベッドの傍らで静かに黙っている。
と言うか内容に興味がないようで、ベッドに頭を転がしたままゆらゆらと揺れていた。
「……菅原さん。実は怒ってます?」
「ええ。怒ってます。話も聞かずに勝手に決めたばかりか、よくわからん理屈で覚悟ガンギマリ自己完結して無理心中しに行ったあなたのことを」
「ガチギレじゃないですか……。ていうか菅原さんも大抵謎語彙ですよ!」
「おや。あなたの真似をしてみたんですが」
「オーバーキルしないでください。死体蹴りは条約で禁止されてます」
戦争に関しての法規に詳しいんですねぜひともさらにご教示を、とか。菅原さんはさらに容赦なくぶっこんでくる。思ったよりご立腹らしい。
この人怒るとめんどくさいタイプだ。私は辟易して顔を背けた。
「……本当に。無事帰ってきてくれてよかった」
だっていうのにこういうことをぽつんと言ってくるから。
罪悪感が半端ない。言い返すも地獄、謝るも地獄。
何とも言えず黙り込む。
俯いて視線を下げた先、ベッドに頭を乗せるアルと目があった。
「ユキ、大丈夫……?気分悪い?あいつ絞める?」
アルがそっと私の頬に手を伸ばす。やはり手のひらは暖かかった。血が通い肉が蠢き、生きているアルの体。
「大丈夫。元気だよ。あと絞めちゃだめ」
はあい、と可愛らしい返事をして、アルは花開くように笑った。私もつられて笑顔になった。
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