第63話
アーサーを無視してそのまま歩いた。脇をすり抜けて、道の先へと。
背後から、焦ったようなアーサーの声が追いかけてくる。
「ちょ…おい!やだってなんで!?」
縋りつくような声音、焦ったような表情。ああ本当に愉快。顔がにやけださないように必死だった。そうしてやるだけの価値がないと思ったし、そうするだけの必要もないと思った。
だから私はただ、ほんの少しアーサーに向かって振り向くだけだった。その姿を視線に収めて、平坦な口調でその声に答える。
「ていうかなんで教えてもらえると思ったの?あんたとの約束は魔王に感情が生まれた理由、その質問に答えるだけ。それ以上の質問は契約範囲外です。答える道理はないでしょう」
アーサーの口が愕然と開く。息を飲み目を見開いて、その場に立ち尽くしている。
泡を食ったような表情のまま、アーサーはそれでも追いすがった。
「そ、れはそうだけど…でもだからってこの状況で拒否する、フツー!?」
アーサーの足音が追いかけてくる。もう少しで看板の地点だ。ここを超えたらもう戻れない。そこに差し掛かるか差し掛からないか。アーサーから鋭く声が飛ぶ。
「この道!俺が今作り上げてるんだよ!俺の気まぐれ一つで取り消せるし、そうなったら君は魔王にたどり着けない!わかったらさっさと質問に」
「消せばいいじゃん。なんとでもしなよ。私は意地でもアルにたどり着く」
アーサーが絶句した。のが、雰囲気で伝わった。恐らくは菅原さんも同じような顔をしているのではないだろうか。
私は看板の前で立ち止まった。
赤い光で塗りつぶされた板の中、白抜きの矢印がぴかぴか光り輝いている。
一方通行、の標識だろう。色は赤だが間違いない。周囲を囲う白い枠線までご丁寧に再現されているのだから。
無駄に人界の知識のある勇者だ。微妙に手の込んだその造りに溜息を吐いた。
「何もかも思い通りになると思ったら大間違いだし、全部自分が正しいと思ってるのも単純に腹立つわ。ていうかあんたが言ったんでしょ。仕事でもないのにやりたくないことはやらないって。私もそうよ。その質問は私の趣味に反する。だから精々一生悩んでるといい。あんたには絶対に教えてやらない」
そう言って、看板を超えた。
菅原さんから悲鳴のような声が漏れた。それもなんだかガラスか何かを通しているようで、くぐもって聞き取りづらかった。
何も見えないと思っていたけど、確かにここに境界があったのか。
未だ続くネオンサインの道を眺めてそんなことを思う。
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