第62話
菅原さんの言っていることは正しいと思う。
アルは別に、私の意思なんかどうでもいいのだ。
私がどう思うか。アルの行動を見た私がどう感じるか。その思いを向けられた私が何を考えるか。そんなこと少しも、考えちゃいなかった。
『ユキ、大好きだよ!』
そうだ。いつでもそうだった。アルは押しつけがましく思いを告げて、私の思いも聞かないまま。全てを自分の中で完結させて、自分の道理だけで動いた。私はそれが。
「……一ノ瀬さん?」
菅原さんの声がする。アーサーが息を飲む音。
私は歩いた。踵を返し、菅原さんの目の前まで。
今来た道を戻るように、一歩ずつゆっくりと歩を進める。
「菅原さん。お願いがあります」
背後でアーサーが息を漏らした。
どこか怒りを内包している。
怒気が足元からじわじわ忍び寄ってくるような。
それが実を結んで爆発する前に、私ははっきりと口を開いた。
「健太君に伝えてください。……巻き込んじゃってごめんね、って」
菅原さんの目が大きく見開かれた。
何度目だろう。この人が動揺する様、心乱す様、怒る様……らしくない姿ばかり見ていた。
一日にそう何度も見れるもんじゃない。本来ならきっと、この後一年とか二年とか、そういうお付き合いになった時に見れるはずのものばかりだろう。
今後一生見られないから、今見れてよかったのかもしれない。
「一ノ瀬さん、まさか……!」
菅原さんの声がする。私は無視して振り返った。
来た道を戻り元の場所へ……アーサーの前に向かっていく。
前に立つアーサーは、虚を突かれたような表情から一転。あの老練な微笑を浮かべた。
威圧感すら感じる年老いた人外の笑み。私のことをしかと見つめて、その瞳の中に捉えている。
「へえ。そう。行くんだ。行くんだね、おねーさん」
アーサーが愉快そうに口元を抑える。明らかにあざ笑っていた。
私の決断の愚かさをか、それとも思考の短絡さをか。
とにもかくにも愉快でたまらないらしい。今にも大口開けて笑い飛ばしそうなのがありありとわかる。
私はそれに向かって歩いて行った。
「じゃあ聞かせてもらおうかな。どうして君は魔王のところへ?同情?憐憫?罪悪感?偽善?後悔?それとも自責?さあ、早く、俺に教えて!君がどんなエゴでみっともなくも過去の行動を恥じ入っているのか、ありのまま俺にぶちまけてよ!」
アーサーが大きいく腕を開く。劇場の上、今この場の主役はまさしく自分と言いたげに。やけに芝居がかった大げさな動作で私に迫った。
自信満々の笑みをして、私がどんな発言をするのかを待ち構えている。たとえ私が何を言おうとその欺瞞を追求してやると、語らずともその目が物語っていた。
だから私は言ってやった。
「やだよ」
「はい?」
アーサーの口がぽかんと開いた。
間抜け面。ああ、ようやくこいつにこの顔をさせることができた。
とんでもなく胸のすく思いだった。それだけでこの問答をした甲斐があると言うもの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます