第59話

「魔王はそれを止めに行ったんだよ。貪食機能で絶滅ミサイルを取り込んで、もろともに自壊するつもりだ。まったく。地表生物全てを絶滅させるミサイルまで貪食できちゃうとか、愛の奇跡はほんとすごいねえー」


 アーサーが手を強く突き上げる。

 それに合わせて周囲のハートが一斉に浮き上がった。

 真っ暗闇の中、ピンクに光るハートが上方へと昇っていく。


 私の脳裏にかつて見た動画が去来した。空を無数のランタンが舞う海外の風習。


 夜空の中を飛んでいくいくつものランタンは、手の届く星のようだった。


 そしてそのランタンは全て、空の彼方まで浮いて消えていった。


 今目の前のハートも同じだ。

 一体果てがどこかもわからぬ暗闇の中を昇って昇って……最終的には消えてしまった。


 遠くなりすぎて見えなくなったのか、それとも本当に闇に吸い込まれてしまったのか。それすらもわからない。


「さて」


 ぱちん。


 アーサーが両手を合わせる音。

 胸の前で手を打って、その場で立ち止まる。


 今までよどみなく進んできた足が完全に止まっている。


 道はまだまだ先に続いている。その先は暗闇に沈んで、どこまで伸びているのかわからない。


 しかしアーサーの立っているすぐ後ろ……そこにはいかにも看板が立っていた。


 木の板に棒を打ち付けて作った何の変哲もない看板。を模した落書き。

 相変わらず光の線で描かれたそれが道の脇から生えている。


 赤色に輝くその看板には白抜きの大きな矢印が。


「着いたよ。ここが最後の分岐点。君たちの世界に戻れるか否かの境目だ」


 辺りを見回す。相変わらず景色も遠近感もない暗闇の中。


 アーサーの作った看板以外に変わったところは見られない。


 私の疑問の視線を感じてか、アーサーは笑いながら付け足す。


「こっから先は魔王の領域になる。魔王、ここに絶滅ミサイル飲み込もうとしてるから。自分の領域にそいつを取り込んで、もろとも自壊するつもり」


「自分の領域……」


「おねーさんも入ったことあるでしょ?魔王がありとあらゆるものを取り込んでおける、超絶便利収納スペース」


『大好きだよ、ユキ。一緒に永遠を生きよう!』


「あ」


 あの空間。


 そのための場所だったのか。何もない、それだけがある。何もかもが消え失せていく暗闇の中……。


 アルは今、そこに独りぼっちで。このまま死のうとしているのか。


「それで、どうするのおねーさん。これで全部話したけど。魔王のとこ行く?それとも引き返す?」


「それは……」


「もし行くってなら俺は止めないよ。この道を真っすぐ進んでいけばいい。だけど」


 アーサーがわずかに小首をかしげた。


 本当に、見た目だけは天使のように愛らしい。白皙の肌に金糸のような髪の毛、輝く碧眼……神話に出てくるかの如き美少年。


 だけどその唇が紡ぐのは可愛らしい言葉ではない。むしろそれとは真逆だと、私はとうに知ってしまっている。


 今回飛び出してきたのもまた、それに違わぬ言葉だった。


「行くってなら理由を聞かせてほしいな。今まで散々その好意に胡坐をかいて利用してきたくせに、なんで今更あいつを追いかけるのか」


 アーサーの瞼が半分降りた。伏せられた瞳は相変わらず光っている。隙間から漏れだす青色の燐光。照らされて映えるまつ毛の先。


 この世界には光がない。だから本当なら瞳は輝かない。外からの光を反射して照り輝くことがないからだ。


 それなのにどうしてアーサーの瞳が輝いているのかと言えば……それ自体が淡く発光しているからに他ならない。


 人間ならざる人外の眼。

 人並外れた美しさを持つその瞳が、じっと私を見据えている。

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