第58話

私たちがそれを口にするよりも早く、アーサーが割り込んできた。


「そう。俺の模造人格機能には理由がある。でも魔王のそれには理由はないよね?単なる破壊を目的としたエネルギー塊にそんな機能を追加する理由がないもの。まして旧式、おれ達勇者個体よりもずっと前、地球が誕生したころから稼働しているんだよ?そんな器用さを備えてるわけないじゃん」


 菅原さんが押し黙った。

 アーサーは笑った。


 私は最初から、二人のやり取りをぼうっと見ていただけだった。


 なんだか遠い昔の出来事のような……最初から決まりきったことのようで、今更私が口を出せることではない気がしていた。


 だから、そう、アルが私のせいで感情を得たというのも真実だろうと、私は受け入れてしまっていた。


「……魔王の。感情が生まれたのが後付け、というのはわかりました。しかし、それがいったいどうして脅威判定の底上げに。それに感情の生まれた原因が一ノ瀬さんというのはどういう」


「おいおい、鈍ちゃんか菅原!今時鈍感系主人公なんて流行らないぞ!自分からは恋のアクション起こしたくないけど思いは寄せられたいし、その思いに応えることで起こる面倒は勘弁とか、最近は読者の反感買うだけだからな!」


「は?いきなり何を」


「だから恋だって。ラブ。愛。らぶずっきゅん。そうやって目が曇ってるから、魔王の脅威度は地球を滅ぼすまでに及んじゃったんだってば」


 今度の菅原さんは声を出さなかった。出せなかった、の方が正しい。小さく口を開けて、愕然とした顔でアーサーを見る。


 アーサーは菅原さんを見て、これでもかと満面の笑みを浮かべている。


「恋は盲目、狂気の沙汰。繁殖のために設計された脳内麻薬による意図的な発狂。と思いきや、なんと文字通り血も涙も感情もないはずの魔王相手に生えたときた。いやはや、地球誕生以上の摩訶不思議ファンタジーだよねえ」


 ぺらぺらとよく口の回ること。

 アーサーは至極楽しそうに、浮かれた調子で恋を語った。


 アーサーの語り口に呼応するように、突如として辺り一帯をハートが埋め尽くした。蛍光ピンクに発色するものを基本として、時折赤や黄色の線が不意に混じる。


 ふわふわ浮きながらぶつかってははじけ、あるいは融合し。周囲はあっという間に出来の悪い歓楽街のような光景で染まってしまった。


「魔王は恋をした。身の程知らずにも愛を得た!相手のためならなんだってできる。相手のためならどうなったって構わない。そして何より、相手が無事なら他の何が犠牲になろうと知ったこっちゃない。恋という狂気に取り憑かれて浮かれてバグった暴走機関。出力無限に行動も底なし、駆動限界を意志の力のみで超える制御不能の破壊兵器。さて。地球は魔王のことをどう判断したと思う?」


 アーサーが菅原さんを指さす。その先からまた夢見るように淡いピンクのハートが生まれた。


 ハートは菅原さんの近くまで浮遊したのち、そっと彼に近づき……そして手のひらで無慈悲に叩き落とされた。


 乾いた手のひらに押し付けられて霧散した光の粒が、辺りにキラキラ漂っている。


 うんざりとした感情をありったけ込めて、菅原さんが口を開く。


「恋に狂った魔王は地表の生物のすべてを絶滅させてでも止めるべし。地球はそう判断した、と」


 正解、と晴れやかな声をあげるアーサー。

 そして菅原さんの胸にもワッペンが出現した。

 勇者印の特性ステッカーとやら。私とは違い緑色にぴかぴか光るそれ。


 菅原さんは最早それを振り払う気力もないらしい。頭痛が痛い、とでも言いだしそうな顔をして頭を強く抑えている。


 無理もない。世界を蹂躙する魔王、その正体が地球の免疫。…までは納得できただろうが、そのせいで自分たちが絶滅の憂き目にあったどころか、大本の原因が恋だとか。

 三流SFから五流以下ロマンスへ格下げだ。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。


 だけど、それが現実なのだ。

 恋によって目の曇った魔王、それに危険度を見出した地球による地表生物一斉絶滅。そして。

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