第55話

「あの変態は俺と違って真面目……ていうか疑似人格機能がないからねー。虚偽も偽りもできるはずがない。自分が観測した情報をあるがままに報告したんだろうさ。本来存在しないはずの感情機制を植え付けられてあり方そのものからバグっちゃった、今の魔王の惨状を」


「さ、惨状?」


「可哀想にねえ。自分の身に余る拡張機能を抱え込んで、その負荷の大きさに自己矛盾を起こしてる。もともと自壊が仕込まれてるプログラムだってのにそれも無視して、駆動限界を超えてもまだ動こうとしてた。まあそりゃそうか。自壊したらここに居られなくなっちゃうもんな。今生限りのバグを抱えて、行けるところまで行くつもりだったんだろうさ」


 アーサーが何を言っているのかわからない。


 自分の身に余る拡張機能、自己矛盾……駆動限界?


 いったい何の話をしているのか。いや、そもそも何の話をしてたんだっけ。


 そうだ。地球にとって魔王の脅威度判定が最大まで引き上げられた理由の話を。


「さて、一ノ瀬ユキ。どうして魔王に感情が生まれたと思う?」


 アーサーの目が、まっすぐと私に向けられた。


 暗闇の中で光る碧眼。人間ならざる魅惑の瞳。


 その相貌が、突如として私を射抜いた。


 先ほどまでの軽薄な雰囲気はどこにもない。


 うっすらと顔に笑みを浮かべ、こちらを威圧するがごとく見据える人外の眼。


 そのアーサーが問いかけてくる。魔王に、アルに、感情が生まれたのは何故か。あるはずのない感情機制を抱え込んだ、その原因はなんなのか、と。


 まるで答えなんかすでに知っているかのような顔で問いかけてくる。私のことを見つめながら。


 鼓動が早くなった。嫌な予感が全身を埋め尽くす。


 気温なんか少しも変わっていないのに、どうしてかひどく寒気がする。


 胸の辺りでうごめく嫌な感触。


 言いたくない。言いたくないけど、その答えはもう、無視できないほどに私の中で成長していた。


「私の」


 菅原さんが目を剥いた。グラスの奥の瞳が光る。

 色素の薄いその唇が何か言葉を発しかける。


 ……だが、それより私がしゃべるほうが早い。


「私の、せい」


 もはや問いかけではなかった。私は断言した。自分の中でも不思議と納得できてしまったその答えを。


 アーサーの顔が、これ以上ないぐらい満足げな笑みに彩られた。

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