第51話

アーサーは最早私をからかうこともなく、なんてことない口調で答えた。


「地球が生命活動を続けていくためには切り捨てた方がいい部分。治すより戻すより、さっさと消しちゃった方がいい悪性腫瘍。外部から飛来したウイルスによって不可逆的に汚染された一部。それらを切除するための純粋な破壊エネルギーの集合体。それが魔王だ」


 アーサーの肩の上でアルの顔が変形する。

 正面を向いていた状態から、外側を向いた横顔へ。


 そしてアルの顔の前には謎の物体が現れた。ぐしゃぐしゃに塗りつぶされたように見えるその塊に向かって、横顔のアルが口を開ける。


 アルの横顔は、その謎の物体をぱくんと飲み込んだ。


「貪食って言うの?対象部を地球本体から切り離して補足、体内に取り込んで無害化……そして、取り込んだ一部と共に魔王は消滅する。最終的にはリスポーンされて再利用。それがあいつの役割。君たちのスケールではそれがとてつもない大破壊に見えたんだろうね。実際やってることは地球の治療なんだけど」


 ぱちん、と軽い音がした。気が付いたらアルの顔が弾け飛んでいた。

 ご丁寧に、図を見せながら説明してくれていたらしい。


 対象部を切り離し、取り込んで、もろともに自滅。


 それが魔王の役割。私たち人間の尺度で考えれば、それが大破壊に見えていた……。


 ぎり、と歯を食いしばる音がした。隣からだった。


 菅原さんの手が強く、これ以上ないほどに握りしめられていた。


 あの時と同じ。アーサーを尋問していた際の、尋常ならざる怒りを見せたあの時。


「……魔王に殺された者たちは、地球にとっての害悪であったと?」


 アーサーが振り向く。肩越しに斜めに頭を傾けた、少し無理な体制。

 人並外れた美しい瞳が暗闇の中で輝いている。


「どうかなあ。地球から名指しで害悪認定される規模の人間個体なんて存在しないと思うけど」


「ならば、なぜ、魔王はあれほどに、人を」


「たまたまじゃない?地球規模での免疫機制を考えた時に、人間の一人二人、いや千や万なんて誤差だし。大体それは人間に限った話じゃない。魔王の活動地域では植物も動物もそれ以外も、全て等しく排除される。わざわざ人間だけ狙って殲滅する理由がないでしょ」


 アーサーの言葉には何の感情も含まれていなかった。淡々と事実だけを確認している様子だった。

 人間を憎んでいるのでも見下しているのでもない。本当に全て同じなのだ。


 地球という巨大な生命体の前では、人の一個体などに大した関心も意味もない。


 それこそ私たちが体内の細胞の一つ一つに思い入れを持ったりしないように、地球にとっては取るに足らない存在なのだ。


 沈黙する菅原さんと、黙り込む私。

 アーサーはその中にあって、一人場違いなほどにいつも通りだった。

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