第50話

「この際、あなたの話の信憑性も、あなたの語る事物の妥当性も置いておきます。話の内容を精査している時間もなさそうなので」


「ひどいなあ。俺は嘘なんかついてないのに」


「最早そんなことはどうでもいい。聞きたいのはただ一つ。今の話がどうやって魔王に繋がると言うんですか?」


 はっとした。そうだった。アーサーが話し始めたのはそのためだった。話の内容に圧倒されてそれすら忘れてしまっていた。


 菅原さんはまっすぐ、前を行くアーサーの背中を見つめている。


 アーサーが肩越しに振り向いた。しばし私と菅原さんを見た後、にやりと、底意地の悪い笑みを浮かべた。


「俺たちはね、地球の免疫なんだよ。魔王も含めてね」


 菅原さんも私も、言葉を発しなかった。辺り一帯を沈黙が支配する。

 真っ暗闇のこの空間は元々物音ひとつ立たないので、誰かが声をあげないと何も聞こえない。

 その空間をひたすら沈黙が埋め尽くした。


 指を一振り、くるりと回すと……アーサーの肩の上に浮いていた地球が変形する。

 不定形に揺らぐそれが新しい形をとる前に、アーサーは話し始めた。


「菅原。生物の体内を一定に保つ恒常性。その主要な機能って何か知ってる?」


「自律神経。内分泌系。それに、免疫」


「その通り。体温や脈拍などをコントロールする自律神経、体内のホルモンバランスをつかさどる内分泌系。それに、外敵や異常を感知して退治する免疫。恒常性は主にその三つの機能で保たれてる。地球が一個の生命体なら、それに類する機能もあって然るべきだろ?」


「つまるところ、魔王、それに、あなたは地球の白血球だと言いたいと?」


「そうそう。あくまで生物の体内に喩えるなら、の話だけどね」


 変形していた地球が一つの形を取り始めた。

 先ほどと同じように丸っこく寄り集まったそれは、細かく揺れながら繊細な図像をその場に浮かび上がらせた。


 暗闇の中で光る見慣れた面影。アルの顔。


「俺たちは健気にも地球を守る騎士様ってわけさ。地球防衛軍って言ったのもあながち間違いじゃないでしょう?」


 地球防衛軍。


 そう。確かにアーサーは言っていた。自分は地球防衛軍から派遣されてきた一般兵卒で、自分とアルは同じルーツを持つ存在であると。


 アーサーとアルは出自が同じ。つまりはアーサーとアルは同じく地球の免疫ということになる。


 アーサーが地球防衛軍を自称していたのは、それが地球の免疫に相当する存在だったから?


「いや、おかしいでしょ!」


 きょとんとしてこちらを振り返るアーサー。肩の上のアルの顔まで微妙に表情が変わっていて芸が細かい。


 だけど今はそんなことどうでもいい。

 アーサーの話のあからさまな矛盾に、私は異を唱えずにはいられなかった。


「だ、だって……アルがやってるのは真逆じゃない!地球を滅ぼす恐怖の大魔王って呼ばれてるのに、どこが地球を守る免疫なの!?」


 そう。


 アルは魔王だ。世界消滅自然発生型呪厄災害十三号。

 こんな仰々しい名前がついて、発生する被害も折り紙付き。地表生物の半数が死に絶えるとか水が干上がり大気は暗黒に包まれるとか。


 極めつけはその呼称の末尾。アルは最早生物でも生命でもなく『災害』と呼称されているのだ。


 それほどの甚大な被害を及ぼす個体が、何をどうまかり間違って地球の免疫を名乗れるのか。

 核弾頭をして地球を守る神の雷霆とでも称しているようなグロテスクさである。


 いくらなんでもこれについては少しも納得できる気がしない……そう思っての反論だったのだが。


「ああ、違う違う。魔王のあれは駄目になった部分を切除してるだけだよ」


 アーサーはけろりと、何の不思議もなさそうな顔で返答した。


「は?」


 本日何度目だろう。間抜けに開いた口から勝手に声が飛び出す。

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