第46話
「あいつ何も説明してかないつもりかよ。かー。まったく、けなげで泣かせるね」
「……どういうこと」
「ん?そのまんまの意味だよ。死出の旅に理由も告げずに旅立っちゃった、ってこと」
「な……」
絶句する私。対してアーサーは面白がっている表情のまま。
こちらを振り返ると、芝居がかった仕草で大きく手を広げた。
「さあさ皆さまお立ちあれ、これなるは世界を巻き込む大悲劇。人類を滅ぼす大悪党、破滅の使者破壊の化身……身の程知らずにも恋を得て愛を知った、悲しいバケモノのお話です、ってね。人間ってこういうの好きでしょ?」
「こんな時にふざけないで!あんたの狂言に付き合ってる暇はないの!アルはどこに行ったの、何しに行ったの、何が起こってるの!」
「そう興奮しないでよ。教えて教えてっていうけどさ、前に俺が言ったこと忘れちゃった?条件も満たさず利益だけ得ようなんて、寄りにもよって人間がそんな道理に合わないこと言っちゃだめでしょ」
「何言って……」
「そのままの意味だってば。道理や筋だなんてものを認識するのは人間だけじゃん。君たちがコミュニケーションのために作った認識フォーマット。それ以外の動物は論理なんて概念すら持ってない。唯一そいつで遊んで戦って争ってる生物がそれを踏み倒すなんて、それこそ道理に合わないでしょう?」
面食らった。一体何を言われているのかわからなかった。
前にアーサーが言ったこと?条件を満たさず利益を得ようなんて、とは。アーサーは昔、何を言っていた―?
『どうして魔王に感情が生まれたと思う?』
『その答えが訊けたときには、全ての疑問に答えてあげるよ』
「あ…」
「思い出した?さて。それじゃあ答えを聞かせてもらおうかなあ。そしたら教えてあげるよ。全部」
アルには本来感情はない。
そのアルに感情が生まれたのは何故か。
その答えを今ここで、答えろと言っている―。
「……っ」
言えなかった。わかるわけがない。どうしてアルに感情が生まれたのか、なんて。
だって何も知らないのだ。アルが、魔王がどういう存在か。何のために生まれてどうして破壊するのか。
そして、なぜアーサーと同じ瞳の輝きを持っているのか。
その正体も背景も知らないのに、そんな質問に答えられるわけが。
『無理だよ。君とそれ以外を選ぶ場面で、僕は絶対君だけを選ぶ』
答えられる、わけが。
「んー。黙っちゃったね。本当にわからない?それとも理解したくないだけかな。本当はもうわかってるのに、直視するのが怖くて眼を逸らしてる」
アーサーを睨みつけても何の甲斐もない。ただにやにや笑うだけ。
いやに上機嫌にその場で一回転して、天使のような笑顔をこちらに向けてくる。
「じゃあ質問を変えようかな。魔王を止めたい?」
「……止めたい?」
「そ。今ある情報だけで、君はどう思ってる?魔王が旅立ってしまったこと。それもまあ仕方ないなって放置する?ずっと付きまとってたのがいなくなってせいせいするわって笑顔で送り出す?それとも」
「と、止めたいに決まってるでしょ!」
へえ、とアーサーの一言。どうにも面白がっている口調だ。なぜ、と言外に聞いてくる。私は必死になって叫んだ。
「何が何だかわからないけど、死にに行くって言ってそのままにしておけるわけないでしょ!止めるわよ!理由も事情も分からないならそこに迷う必要ある!?」
言いながら脳内の自分が異を唱えていた。怖がってたくせに。何を考えてるのか。
何を思ってるのかわからなくて怖いって、理解できないからって遠ざけようとしてたくせに。
わかってる。確かに怖い。今でもわからない。アルの考え、常識、倫理観。
何もかもが自分と違って、少しも分かり合えた気はしないけど……それでもやっぱり見捨てるのは違うと、他ならぬ自分が叫んでいる。
「そう。止めるんだ。止めたいんだ。あいつが死ぬの」
「だからそうだって言ってるでしょ!ていうか本当にどこに行っちゃったのよ、アルは!死出の旅って、こんなことしてる間にもアルの体は危ないんじゃないの!?」
「そこはもう大丈夫。あいつが行ったのはもう時間とか距離とか問題になる場所じゃないから」
アーサーは平然と言い放つと、突如として体を伸ばし始めた。
両手を組んで上に向かって伸ばし、右に左にと揺れている。
突然の仕草に怪訝な顔をする私を見て、アーサーは得意げに笑った。
「お姫様をエスコートしなきゃいけないからね。準備運動はしっかりしないと」
「は?」
「あ、俺の頭がおかしくなったと思ってるでしょう。傷つくなあ。魔王のところに連れてってあげるって言ってるのに」
「なっ……」
目を剥く私と、その顔が見たかったとばかりににんまり笑うアーサー。
膝に手を置いて屈伸運動をしながら、アーサーは事も無げに告げた。
「引き返せるギリギリのところまで連れてってあげるよ。それで道中いろいろ教えてあげる。本当に魔王を止めたいかどうかは最後の最後に決めればいい」
あんぐりと口が開いた。どうして急に教える気に。あれだけ条件がどうの答えがどうのと言っていたくせに。
アーサーは、私の言葉を聞くこともなくすらすらと語り始めた。
「どうにもこうにも答えを直視したくないみたいだからさ。いっそ全部を明らかにして逃げ道を塞いじゃおうかなって。全て知ったらいくら君でも理解せざるを得ないからね」
「なに、言って」
「それともう一つ。彼へのサービスだよ」
「……彼?」
アーサーの目が私を射抜く。いや、違う。私の背後を見ている。そっと首を傾けて、アーサーはどこかいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「君も来るでしょう?この子に説明するついでに教えてあげるよ。魔王の真実」
ざり、と地面を踏みしめる音。何事かと振り向くより先に、私の隣に立つ影。
「菅原さん!」
高い身長。細い体。鼻の上には色付き眼鏡。いつも見慣れた菅原さんの姿。
ただ、いつもの無表情ではなくなっていた。
額を抑え脂汗に塗れ眉を寄せ、歯を食いしばって何かに耐えている。
「いやはや、意思の力だけで本能に刻まれた恐怖に抗うとは恐れ入った。流石人間……いや、逆にもうそれ人間業じゃないよね」
「……あなたの妄言はこの際聞き流します。言質は取りました。今度こそ教えていただけると、そう言いましたね」
「うん。もちろん。俺は約束を守る男だよ。君のその姿に敬意を表して、全てを明らかにしてあげよう」
ぱちん、とアーサーが指を弾く。
瞬間、菅原さんの苦悶の表情が掻き消えた。
私の時と同じだ。菅原さんの内面に立ち入って恐怖心とやらを書き換えた……。
どころじゃなかった。
「な、なにこれ。周りの景色が……!」
変化が起こったのは菅原さんの表情だけじゃなかった。
私の周りの景色が一変した。
辺り一面、真っ暗な闇の中に染まっている。
先ほどの夜の暗さとは全く異質の、何も見えず何も感じ取れない暗闇。
地面も夜空も辺りの建造物も、何もかもが消え失せた。
だがそれも長くは続かなかった。
暗闇の中に突如として光が出現した。
蛍光ペンのような、ネオンサインのような。
淡い青色にぴかぴかと光る線が辺りを飛び交い始め、気が付けば随分と賑やかな空間が出現していた。
星、花、ハート、図形、人差し指のマークやアイスのような食べ物……。
辺り一面、子供の落書きのように賑やかな模様が出現し始め、まるでテーマパークのようだ。
「これは、一体」
さしもの菅原さんも度肝を抜かれているようで、目をしばたたかせながら辺りを見回している。
それ以外には人影はなく、いるのは私と菅原さんだけ。
しかし、そこに降り立つ影。こつんとブーツの底を響かせ、どこからともなく現れた少年。
当然、アーサーである。
「どうせなら道中楽しい方がいいでしょ?君たちの認知機能にちょっとしたスキンをかぶせてあげたよ。どう?気に入った?」
アーサーが華麗にウインクを一つ。
すると、その目の端からすぐさま星が現れる。
漫画でよく見る表現を実際に目にするとは思わなかった。アーサーの能力、おそるべし。
驚きに固まる私と菅原さんをしり目に、アーサーは更に手を加えた。
もう一度軽く指を弾くと、今度は二本の光の線が現れる。
すぅっと真っすぐ奥へ奥へと伸びていき……線の側には、にょきにょきと草のような模様が描かれた。
これは……道?
「はい。この道を進めば魔王に会えるよ」
「!」
息を飲んだ。
気色ばむ私に見せつけるかの如く、アーサーが一歩、踏み出す。
くるりと振り返ると、挑発するような笑みを浮かべた。
「ついてきなよ。道中歩きながら教えてあげる。魔王が何者か。この爆撃はなにか。一体何が起こっているのか……それで最後の最後、引き返せない地点に来た時に教えてよ。ユキの答えをね」
笑うアーサー。真っ黒な世界。ぴかぴか光る周囲の模様……楽し気な空間だけどどう考えても危険すぎる。
アーサーは引き返せるギリギリのところまで行くと言っているけど、それだって本当のことかわからない。愉快犯のように散々こちらを弄んでくれたこの生物を、どうして信用できようか。
これまでの生活の中で骨身に染みてわかっている。
だが。私には、引き返すと言う選択肢はなかった。
一歩踏み出す。アーサーに向かって。
背後からは革靴の硬質な靴音が。確かめるまでもなく、硬い顔をした菅原さんが続いている。
アーサーがさらに笑みを深めた。
「よーし。それじゃあ皆々様御立合い。これなるは世界を賭けた大悲劇、地球に根差したとある魔王と彼に見初められた人間の話。泡になってお姫様、いやさ王子様!お涙頂戴のたたき売り、どこにでもある陳腐なパルプフィクション。悪党が幸せになれようはずもなく……魔王が潰えて世界は平和。なべて世はこともなし。これはそういう話。どこにでもあるありふれた、世界の平和についての物語です」
そしてアーサーはしゃべり始めた。ずっと彼が秘匿していたこと、その全てを。
魔王とは、いったい何なのか?
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