第42話

「アル!」


 まただ。爆炎、水蒸気、煙、土埃……ありとあらゆる破壊の様子が視認できるのに、音と衝撃は伝わってこない。

 この光の壁がそれら全てを無効化している。そして。


 最前線に立つアルが、その爆発を受け止めている。


「……う」


 煙が晴れたのち。ついにアルの膝が崩れ落ちた。


 今までは服になんかダメージもなかった。のに、今はどうしてかところどころ焼け焦げている。

 爆炎に焦がされたのか、服から一部肌が覗いていた。


「アル!大丈夫!?」


 私の声を聴きつけて、やっぱりアルはすぐに振り返る。

 その顔は言いようのないほどの喜色に覆われていた。


「心配してくれるの?ありがとう、ユキ!やっぱりユキは素敵だね」


 そんなこと言ってる場合じゃない。私の心配がどうとかじゃなくて。逃げて。そこに居たら死んでしまう。


 私は必死にそう言い募った。


 けれど。


「大丈夫。死なないよ。ユキは僕が守るから」


 アルはそう言ってまた前に向き直った。


 爆発。目の前で火花が散り、煙が巻き起こる。

 アルはそれを一人で受け止める。


 爆炎が光の壁に当たって阻まれ、真っ黒な煙が巻き起こり……それが一瞬のうちに収束する。


 アルが煙を巻き取っているのが見えた。

 視界が塞がれると次弾が防げないとでも言いたげに、片手で煙をからめとり、空に戻している。


 爆発のたびにアルはボロボロになった。


 当り前だ。いくら魔王だからってあんな爆発に何度も晒されて、無事でいられるわけがない。


 あからさまに消耗し傷つき焼け焦げ、何度も倒れそうになって。それでもアルは立っていた。


 私の前に立つ光の壁は、一度も崩れることがなかった。


 何度の爆撃を超えただろう。

 アルの体はまさしく満身創痍で、見て居られなかった。

 立っているのがやっとというのがよくわかる。覚束ない足取りでふらふらと、前後左右に揺れている……。


 それでもアルは前を見ていた。


 力強い目つきで、視線で、きっと目の前を睨みつける。

 そこにあるのは夜の空。


 この研究所の周囲では星の光が良く見える。

 キラキラ瞬く嘘のように平和な星空は、先ほどまで未知の爆撃が何度も飛来したとは思えない平穏に満ちていた。


 爆撃はしばらくやってきていない。


 流石に打ち止め、なのだろうか。


 冷や汗がこめかみを伝う。緊迫した空気の中、アルはただ真正面を見据えている……。


 それが、突如として緩んだ。


 ふう、とアルが息をついた音が聞こえた。それを合図に壁が崩れた。


 見事な六角形のハニカム構造が崩れ落ちて、淡い光の粒子になって消えた。

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