第41話

「この壁、アルが……?」


 この光の壁はアルが張ったもの?


 間違いないだろう。今の動作-壁の修復、復元。地球上の存在で、そんな芸当ができるのは恐らく一人しかいない。


 まるでバリアのように強固に建物を包み込み、爆撃の衝撃も何もかも修復せしめた未知の壁。


 だが、いったい何のために。


 そもそも、あの爆発は何?


 アルが眼前に向けて手を伸ばした。


 両の掌を強く開き、何かを待ち構えている。


 一体何を。


 驚く私が疑問を形にする前に、それは始まった。


「わっ!?ま、また爆発!?」


 何も見えなかった。突如として光の壁の向こうでまた爆発が起きた。


 相変わらず音も衝撃も何一つ伝わってこないのに、爆発の様子だけははっきりと視認できる。


 光の壁にぶつかって燃え上がり天に昇っていく火柱……それに黒い煙。


 圧縮された大気から発生した水蒸気が白く立ち込め、黒い煙と混ざり合ってすさまじい光景を織りなしている。


 だが、先ほどと同じ。煙は一瞬で風に巻き取られどこぞに消えたと思うと、辺りの視界が一気に開けていく。


 やっぱりアルはそこに立っていた。


 だけどさっきよりボロボロだった。遠目にもわかる。

 アルの身体が大きく崩れ落ちる。

 それでもなんとか足を大きく開き、状態を落として踏ん張って……そして強く前を向いた。


 また背後に手を伸ばし、壁を修復している。


 この爆発は何なのか。一体何が起こっているのか。

 はっきり言ってわからない。わからないけれど、アルが何をしているのかは分かった。


 気が付けば私は走り出していた。


 部屋の戸を開け階段を駆け下り、宿泊棟から外に出る。


 正面玄関にはいつの間にか機関の人たちが集まっていた。

 やはり皆、外の異様な様子に気づいて様子を見に来たらしい。


 菅原さんが私の姿を認めて驚き、慌てた様子で駆け寄ってくる。


「菅原さん!これは一体何が……」


「わかりません。未知の勢力から攻撃を受けているようです。しかし、それを魔王が……」


 言い淀んで、菅原さんが視線を向ける。

 機関の正面玄関。

 そこにもやはり光の壁が立ちふさがっている。


 地面から生えるそれは、やはり想像の通り空まで届いていた。

 巨大なドーム状の構造物。


 今見える部分から類推するに、この機関の建物全体を覆いつくしているに違いない。


 そして、その壁の前に立つ影が一つ。


「アル!」


 後ろから菅原さんの制止の声が聞こえる。それでも止まれなかった。


 舗装された道を走り抜ける。たかが階段を駆け下りただけで息が切れている。その後更に走るのは運動不足の身には辛かったが……そんなことを言ってられなかった。


「……ユキ?」


 アルはいつでもそうだ。私のどんなに微かな声でも聴き洩らさない。

 私が名前を呼んだ時は必ず振り向く。

 そして、アルはいつも同じ顔をする。


「ユキ!」


 笑う。花開くように華々しい笑顔で、心の底から嬉しいと言いたげに。


 顔中をくしゃくしゃにして、えくぼも笑い皺も全部見せて、にっこりと、この上なく、心からの喜びを顔にする―。


 そうだ。最初に光の壁を見た時。あの時のアルはこうやって笑っていたんだ。

 ただ私に名前を呼ばれたのが嬉しくて、それだけの理由で笑っていたんだ。


 だっていうのに私は、そんなアルに対して、何を考えて。


 アルが私から視線を逸らし、正面に向き直った。


 そして、また爆発が起こった。

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