第38話

「健太君の容体はひとまず落ち着きました。我々ができることは何もない……。あなたは少し休んでください。今ここであなたが倒れてしまったら、目を覚ました彼が悲しんでしまいますよ」


 いつになく柔らかい菅原さんの言葉を背に、私はふらふらと宿泊室に帰った。

 現在、私とアルの居住区は封鎖され、機関の人たちが現場を調査している。


 あのおじさんは誰だったのか、何が目的だったのか、どこから来たのか……そう言ったことを調査してくれているらしい。


 まあ、封鎖されていようと居なかろうと、正直あの部屋には帰りたくなかった。


 帰れば否応なく思い出してしまう。アルと一緒に過ごした日々と……それから。健太君と遊んでいたアルのことを。


『一ノ瀬さん。忘れないで。どれほど愛らしかろうと、どれほど我々に似た姿をしていようと。あなたの隣にいる存在は人間ではない』


「もっと恐ろしくて、もっとどす黒い何か…」


 アルが今どこにいるのかはわかっていない。


 会いに行かなければ。会いに行って叱りつけて、そして行動を制限せねばならない。それが私の役割だ。


 なんてことしたの、駄目でしょうと言って、道を正さなければならない。


 私の言がなければアルはどこまでも逸脱する。『私が』駄目だと言うからやめて、『私が』いいと言うからそれをよしとしているのだ。


 私の忠告のないアルが何をするかは、私が一番身をもって知っている。


「どこに向かって?」


 どこに向かって矯正するのか。どこに向かって正すのか。道とはなんだ。一体何の道理でもってアルを正すのか?


 アルは魔王だ。世界終焉自然発生型呪厄災害十三号。人間とは違う。そんな存在に、人間の道理を守らせることができるのか?


 そもそも、守らせる必要があるのだろうか。だってアルは人間じゃない。災害だ。


 無分別に、無感情に、無造作に人間を殲滅する殺戮機構。そんな存在にどうして人間の道理なんか。


『大好きだよ、ユキ!』


「なんで……」


 だったらどうしてあんなことを言うんだろう。


 私に向かって笑うアル。

 嬉しそうに顔をほころばせて、私に駆け寄ってくるアル。

 私の言葉の一つ一つで一喜一憂するアル。


 どんな小さなことでも覚えていて、私に喜んでもらおうとするアル。


『守るよ、ユキ』


「だったらなんで、健太君を」


 わからない。アルが何を考えているのか。何を思っているのか。どうしたらいいのかわからない。


 いや。それ以上に。


 アルが怖い。

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