第24話

そんな感じのやり取りを繰り返すこと十数分。


「おっ。ようやく諦めてくれた?」


 アーサーはけろりと呟いた。周囲には項垂れて消沈する機関の方々。珍しく菅原さんの眉毛がぴくぴく動いている。


 頭の後ろで腕を組んで、アーサーがけだるげに椅子の背もたれにもたれかかった。


「だから逃げも隠れもしないって言ってるのにさあ〜。だいたい情報教えてあげますよって言ってる協力者に対してあまりにも無礼すぎない?むしろありがとうございますって涙しながら感謝の言葉を吐くべきでしょ」


「人間の精神を自由自在に乗っ取り操る未確認生物を前に悠長に話をしていられると思ったんですか?拘束でもしないと自分の正気すら保証できないんですよ」


「あー、それもそっか。でも安心してよ。俺はもうリストラされた身だし、君たちを乗っ取る理由なんかないからさ」


 まただ。アーサーはけろりと言っているが、リストラとは一体何なのだろう。

 彼は一体何の目的で、誰の意思であんなことをしたのか?リストラと言うからには何かしら所属する団体でもあったのだろうか?


 菅原さんは大きく、それはそれは深い溜息を吐くと……観念した様子で歩みだした。


 アーサーの正面にパイプ椅子を置くと、ゆっくりと腰を下ろす。静かな部屋の中に金属同士がすれてきしむ音が響いた。


「おっ。ようやく話をしてくれる、と。ありがたいねー」


「ええ。ひとまずはあなたの精神を乗っ取る気はないという言葉を信じましょう。それでは質問を始めさせていただきます。よろしいですね」


「もちろん。いつでも、いくらでも、何でも聞いて。フリーの俺がいくらでも答えてあげる」


 アーサーが後ろ手に組んだ腕をほどく。

 器用に椅子の上で胡坐をかくと、その中央に手を置いた。


 菅原さんは相変わらず姿勢正しくパイプ椅子に腰かけたまま、メガネの奥でその瞳をきらめかせた。


 すう、と小さく息を吸うと、菅原さんは淡々と質問を開始した。


「まず。あなたはしきりにリストラだの今はフリーだの言っていますが。どこかの組織に所属していた、ということでよろしいですか」


「うん、そう。ちょっとした任務があってこの地球にやってきた一般社畜です。今の地球じゃこう言うんだよね?」


「社畜とは望まぬ過剰な労働を強制され心身ともに疲弊した労働者がまるで家畜以下と皮肉を込めて自虐する際に使う言い回しです。あなたのような存在に当てはまるとは思えませんが」


「え~どういう意味?俺ちゃん傷ついちゃう……」


 めそめそとわざとらしい泣きまねをするアーサー。

 と言って菅原さんが当然そんなものに反応するわけがなく。何一つリアクションを見せないまま次の質問に移った。


「あなたの所属していた組織とは?どのような名称で、何を目的とした集団なのですか」


「えーとね、地球防衛軍」


「……はい?」


 これは私の声だ。ちなみに私とアルは菅原さんの背後で、二人並んで話を訊いている。

 アーサーを拘束できるのは恐らくアルのみなため、念のため同席してほしい……ということでこの場に立ち会っているのだ。


 基本尋問は菅原さんが行い、私たちはそれを聞いているだけ。のはずだったのだが。素っ頓狂な返答に思わず声が出てしまった。


 私の声を聴いたアーサーが嬉しそうにこちらに手を振る。

 隣のアルがものすごい顔してそれを睨んでいた。


 菅原さんは無言だった。が、あからさまに怒りを増していた。

 この期に及んでまだふざけているのか、という声が物言わずとも伝わってくる。


 呑気に手を振っていたアーサーもようやくそれに気づいたらしく、なんだか不服そうな顔で菅原さんを見ている。


「何で怒ってるの?俺はこんなに大まじめなのに」


「今の発言でまともなことを言っていると信じられる地球人はいません」


「そうなの?困ったな。これ以外に説明しようがないんだけど」


 アーサーは何やら殊勝にも心底困ったような顔を見せている……が。今までの言動からしてなんだか嘘臭くて胡散臭い。地球防衛軍なんていう馬鹿げた名称からしても信じられるわけがなかった。


 菅原さんも同意見なのか、一度メガネのずれを直すと、もう一度アーサーに向き直った。


「ありのままの組織の名称を言ってください。まずはそれを把握しなければ信じる信じない以前の問題です」


「いやー、言っても良いけどさ。君たちが困ると思うんだけどなあ……」


「いいから早く。私たちが欲しいのは正確な情報だ。あなたのふざけた言葉ではなく」


「んもー、だから別にふざけてなんかないのにぃ。まあいいや。じゃあ言うね」


 肩を一度上げて、下げて。なんだか本当に困ったようなしぐさで眉をしかめながら、アーサーはその唇を開いて、言った。


「△×&○#$__…¥。。、■」


「……はい?」


 また声がひっくり返った。


 なんだ今の声。いや、最早声か?音なんだか声なんだかすら怪しい摩訶不思議な空気の振動らしきものが、静かな部屋に響き渡った。


 とてもではないが何かしら意味のある単語だとは認識できない……いや、そもそも言語なのだろうか、これ?


 困惑のあまり顔をしかめる私、同じく絶句している菅原さんに向かって、アーサーはあきれ顔だ。


「だから言ったじゃん。君たちが困るだけだよーって」


「い、いや……今のは一体」


「俺の所属してた組織……組織、なのかな。まあとにかく君たちの概念で言うところの組織の正式名称。というより説明?概要?そもそもちゃんと聞き取れた?人間の可識領域に収まるようコンパイル過程にちょっと手を加えてはみたんだけど」


「……聞き取れはしましたが理解は不能です。今のがあなたたちの話す言語なのですか」


「まあそんな感じ。俺たちの情報伝達は言語という概念を使わないけど、理解しやすいならそれでいいよ」


 何だ。さっきから煙に巻くようなことばかり。話の本質が全く理解できない……いや。


 そもそも理解できる対象ではないのか?地球上の認識という枠組みから大きく外れた未知の常識圏、そこからの襲来者-それがアーサー、なのだろうか?

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