第21話

「なにがあるかわかりませんので、今日は機関の一室で寝泊まりをお願いします。件の人物も確保されていませんし」


「そうですね……。アル、大丈夫?」


「僕はユキと一緒ならどこでもいいよ!」


 また可愛らしいことを言ってくれる。なんだか母性に目覚めそうだ。私は思わず胸を抑えた。アルが慌てて私に話しかけてくるのがまた可愛くて大変だった。


 若干呆れた目つきの機関の人に先導されつつ、私たちは機関の一室に案内された。

 機関の中には当直用の部屋のほかにもいくつか宿泊室が備えてあり、今晩はそこで過ごしてくれとのことだった。


「明日の出社どうしよう。荷物は今日のままでもいいけど、朝早く家に戻って着替えないと」


「じゃあ僕、家に戻ってユキの着替え持ってくるよ!」


「え?ちょっ」


 止める間もなかった。アルはその一言で私の前から忽然と姿を消した。

 機関の人もぎょっとして目を剥いたが、そこにあるのはただただアルの過ぎ去った空間だけだった。


「どの服持ってくるつもりだろう……」


 そもそも何が起こるかわからないからここに居てねって話だったはずなのに。単独で行動してどうする。


 まあ、あのアルをどうこうできる存在がいるとは思えないが。


 さっきや今のように一瞬で移動できて、攻撃力も甚大で。今回機関に泊ってと言われたのだって、案じられたのはアルじゃなくて私の身の方だ。むしろ私はアルに守ってもらっている立場である。アルを心配するより自分の身を案じろ、というもの。私はすぐにアルのことを心配するのを取りやめた。


 苦笑いしている機関の人にお礼を言って、部屋のすぐ前で別れる。辺りには誰もおらず漂うのは静寂ばかり。アルがすぐに帰ってくる…こともなさそうだし、早く部屋の中に入ってしまおう。


「今日は大変な一日だったなあ」


 ドアノブに手をかけて大きくため息を吐く。朝からアルの追及をかわして、夜には秋山と妙に居心地の悪いディナーを過ごし、その後は裏路地でアルと得体のしれない少年(らしきもの)との大立ち回りだ。


 アルの“ママ”になってからというもの、色々と規格外の事件にばかり巻き込まれているが…それにしても今日は特に気疲れした。

 何が何だかわからないうちに相手が消えてしまって、状況の把握すら叶わなかったのが余計に疲労感を後押ししている。


「あの子、何だったんだろう」


 突如として目の前に現れた少年。


 秋山の体を乗っ取って、明らかに重力を無視した動きをし、霞のように消えてしまった得体のしれない人物…というか最早生物。

 この世のものとは思えない美しさ、そして、何より。


 アルと同じ光を放つ、得体のしれないあの瞳。


 あの目と言い、摩訶不思議な能力と言い。アルを正しく『魔王』と呼んだことと言い。

 謎だらけ…というよりも、謎そのものの少年は、一体何者だったのだろうか?


「まあ、もう会うこともなさそうだけど」


 ていうか会いたくない。怖いし。できれば一生関わらないでほしい。あんなおっかない目に遭うのも、周りの人が巻き込まれるのもたくさんだ。


 とりあえず今日は秋山も私も無事でよかった。私はそんな風に安堵しながら、いよいよ部屋の戸を開けた。


「やっほー!おねーさん!」


 ひっくり返るかと思った。体もそうだがなんか胃袋とかが。ずるんっとこう、食道から連結されたあの一本が外に。体の中が全部反転するかと。


「は、……はいぃ!?」


 思わず叫んで、目の前を改める。しかし何度見てもそこにいるのはただ一人。窓枠に腰掛けて、足をプラプラと遊ばせている。輝く金髪、白皙の肌、輝かんばかりの青色の瞳。


「来ちゃった♡」


 そう。先ほどの得体のしれない少年(仮)であった。

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