第20話

路地にはたくさんの人が行き来している。

 こんな小さな道に所狭しと人が行き交っている様は随分と奇妙だろうに、向かいの雑踏の人々は誰一人気づかなかった。


 菅原さん曰く結界が張られているとかなんとか。人の目をごまかし眩ます幻惑のとばり。私たちが相対したあの少年とやらが張ったのだろう、と菅原さんは言っていた。


 道理でアルがあんなに暴れても誰も気づかないわけだ。腕とか伸びてたし。敵の策略とは言え、結果的に助かったとしか言えない。


「アル。ありがとう」


 隣に立つアルに話しかける。アルは私を見下ろしてきょとんと眼を瞬かせた。


「秋山に変なのが取り憑いてるってわかったから来てくれたんでしょ?腕伸ばして攻撃したのだってそいつを追い出すため……だったんだよね?」


 秋山は先ほど、菅原さんたちが回収していった。私から話を聞いて秋山の状態を確かめた菅原さんは心配いらないと言ってくれた。


「ああいう精神に憑依するタイプに取り憑かれた後は意識を失うことが多い。今回もそれでしょう。見たところ外傷もないし他のダメージもなさそうだ。一応機関で検査して、何事もなければ通常の病院に搬送しておきます」


 菅原さんはそう言って秋山と共に去っていった。今この場にいるのは現場を検分している機関の人たちと、それに立ち会っている私とアルだけだ。


「おかげで助かったよ。秋山も無事に済んだし……。いきなり攻撃したときはびっくりしたけどわかってやってたんだね。ごめんね。変に疑っちゃって」


 アルは静かだ。何も言わない。機関の人々が行き交う声だけが辺りに響く。


 続く沈黙を不思議に思い、そっと顔をあげると……満面の笑みのアルと目があった。


「ユキに褒められた~!」


「うわ!」


 勢いよく抱きしめられる。思わず声が出たが、前のような苦し気なうめきは出ない。

 ここ最近は力加減をようやく覚えたらしく、アルは柔らかく私を抱きしめて上機嫌だった。


 ちょっと恥ずかしい気もしたが、どうせ見ているのは機関の人だけだし。その人たちはもう慣れっこだろう。


 今回は本当にアルに助けられたので、私としてもアルの好きにさせてやった。


「僕、ユキのためならなんだってできるからね!これからもユキのために頑張るから、たくさん褒めてね!」


 アルは無邪気に私にすり寄ってくる。


 随分とけなげなことを言ってくれる。今までのアルの言動を振り返ると成長ぶりが嬉しくて、私は思わず少し感極まってしまった。


 育児の喜びってこういうことなのか。二十代前半にしてまだ実の子も産んでいないのに、もう母としての喜びを知ってしまった。


「うんうん!いい子だねアル~!これからもどんどん褒めてあげる~!」


「やったあ!ユキ大好き!僕、ユキのために頑張るよ!」


 手を伸ばしてアルの頭を撫でる。アルは大層幸せそうに、満面の笑みで笑っていた。

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