第四話 魔王、襲来(ただし会社)

第12話

世界を滅ぼす終末装置、破滅の使者、災禍の化身…畏怖すべき深淵なる存在、我々の想像の埒外にある偉大なる恐怖。


 魔王。


 人類が恐れる雄大なその脅威。降臨だけで地表生物の半数は死に絶え水は蒸発し世界は暗黒の大気に包まれ、生き残った人々もその余りの恐ろしい姿に発狂して死ぬ。


 聞くだに恐ろしいその恐怖の大王は、今、とある都市に降臨している。


 都心からやや外れた郊外にあるマンション。その室内で魔王は凛然と直立していた。


 眼前に立つ憐れな人類を睥睨し、超越的な空気を纏わせたまま立ちふさがっている。

 側頭部から覗く角はあまりにも禍々しく恐ろしい。魔王の力の強さを誇示しているようだ。


「もう一度、言って」


 魔王の薄い唇が開き、声を発する。地の底を這うような重苦しく冷え切った声音…聞くものすべてを震え上がらせるような不快の念が籠っていた。


 魔王は改めて眼前を見据えた。目の前に立つちっぽけで矮小な人類。魔王と比較すればあまりにも小柄で弱弱しく、取るに足りない脆弱な人間のメスを。


 魔王の恐るべき視線に射抜かれたその人間は軽く体を震わせる。

 小さく手を握りこむと、その人影は一言、こう告げた。


「いや出勤するから早くどいて」


 淡々とした一言だった。大して魔王を怖がっても恐れてもいない声音で、どころか呆れている響きすらあった。


 人間の前にそびえたつ威容…恐るべき恐怖の大魔王は、その人間を見下ろして、そして。


「やだああああああ!」


 泣き叫んだ。

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