第11話

威嚇するアルを宥めすかし、もう一度検査に戻ってもらった。


 機関の人たちは戦々恐々としながらひどく不機嫌な魔王の対応に当たり(すいません)、何事もなく検査は終わった。


 ガラス戸の向こうから、アルが軽快な足取りでこちらに駆け寄ってくる。


「ユキー!」


 アルはガラス戸を抜けた勢いのまま、突進して私に抱きついた。


 最近もう慣れてきてしまった。体幹が鍛えられたのか足の筋肉が発達したのか知らないが、後ろに盛大に倒れることはなくなった。


 だからアルの突撃を私はそのまま受け止めた。相変わらず苦しい声は出たが、とりあえず最悪の事態は免れた。


「……」


 アルが私を抱え込んだまま、隣に立つ菅原さんを睨む。

 菅原さんは芝居がかった仕草で肩をすくめると私たちから二歩三歩離れた。何もしてませんしませんよ、という意思表示らしい。


「本日はこれで終了です。どうぞご自由にお帰りいただければ」


 それだけ告げて折り目正しく一礼すると、菅原さんは立ち去った。

 アルは最後まで彼を睨んでいたが、姿が見えなくなると途端に顔を輝かせて私を見た。


「だってさ!ユキ、早く帰ろ!」


 にこにこと無邪気に笑い、嬉しそうに私に語りかけるアル。

 私と一緒に居るのが嬉しくて堪らない。そう言わずとも伝わってくる笑顔。


 あどけない、幼い、無邪気で、純真な。


 世界中の神話伝説、その全てにおける悪のプロトタイプ。


「……見えないよなあ」


 見えない。はっきり言って無理が過ぎる。こんなほけほけした悪がいるもんだろうか。

 魔王としての力が本物…なのはわかるけど。菅原さんの説は何かの間違いとしか思えない。


「どうしたのユキ?何が見えないの?」


「ううん。なんでもないよ」


 帰ろっかと告げて、私とアルは一路マンションへと戻った。

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