第7話

眩しい日差し。差し込む陽光。窓からの陽光に照らされ自然と明るく彩られる寝室の中。私はベッドにひっくり返ったまま目を瞬かせていた。


 先ほど見た夢の内容……緊迫した雰囲気と180度違う目の前の現実を前に、脳内がショートを起こしている。


 目を覚ましたと言うのに依然起き上がりもせずただ怠惰に伏せるばかりの私に、顔を覗き込んでいたイケメンことアルは不思議そうに小首をかしげた。


「どうしたの、ユキ?また寝ぼけてる?じゃあ……起こしてあげよっか?」


「おはよう世界めっちゃ目が覚めたもう瞼が二度と下瞼とくっつきたくないって言ってる!」


 ばね細工もかくやという勢いではね起きた。目をこれでもかとかっぴらいて覚醒をアピールする私にアルはなんだか残念そうだ。


 危なかった。前眠い眠いとグダグダしていたらおもむろにアルに抱きしめられて呼吸が止まるかと思ったのだ。ちなみにだがときめきではなく物理的に。


 愛しい存在を抱きしめるためのハグ……というよりあれは、骨の耐久精度実験というか、人間はどこまできつく搾り上げられるのかの実証試験というか。人間直搾りジュースとかできそうだった。どこの三文スプラッタ映画だろう。


 アルはまだ人間の力加減を理解していない。何せ人間一年生、ピッカピカの若葉マーク付きの初心者だ。


 そんなアルの親愛のハグが私にとっては死の抱擁になってしまうのもむべなるかな、という次第である。インディか007の副題かよ。


「……おはようアル。起こしてくれてありがとう」


 とりあえずいつも通り、朝のお決まりの挨拶をする。

 私の言葉を聞いて、アルは美しい赤色の瞳を輝かせた。すぐに顔中を満面の笑みが彩る。


「うん!おはよう、ユキ!今日も好きだよ!」


 笑いに花開く顔。それでも天上の神々が手ずから作り上げたような完璧な造形美を誇る顔面は崩れることはない。むしろより一層その美しさを発揮して最早光り輝いているようにすら見える。


 その姿はそれこそ天使か妖精か福士〇汰か吉〇亮か、というほどの美しさで―はっきり言って魔王などには少しも見えなかった。


「そうだ!僕ユキに見せたいものがあるんだ」


「見せたいもの?こんな朝から?」


「うん、そう!ちょっと待っててね」


 そう言ってアルが懐を漁る。見せたいもの、というと。またぞろ綺麗な石でも拾ってきたのだろうか。


 アルは私が仕事に言っている日中、テレビを見るかその辺を散歩するかして過ごしているらしい。(もちろん外ではくれぐれも力を使わないよう強く言い聞かせている)そしてその時の戦利品を見せに来ることが度々あった。


 大抵は他愛のないものばかりで、綺麗な石とか、セミの抜け殻とか、道端に落ちている鳥の羽とか、あと潰れた道に転がってる酔っぱらいとか……。いかん記憶が混線した。忘れよう忘れよう。これは存在しない記憶だ、ヨシ。


 まあとにかく、アルのそれはまるきり小さい子の行動と同じだ。お母さんあのねと言って見せびらかしてくる例の行動。いや子供持ったことないからわかんないけど、多分そんな感じだろう。


 そう思えば微笑ましくもなると言うもの。私はそのまま大人しくアルが何かを差し出すのを待っていた。それが罠とも知らずに。


「はい!ユキ!見てみて!」


 そう言ってアルが懐から取り出したものを意気揚々と高く掲げた。朝の光の差し込む室内ではその存在のもつ独特のぎとっとした光沢やら長くぴろぴろと伸びている触角やらが良く見えて……。


 光沢?触覚?


「ベランダに来てたこいつを僕ちゃんと殺したんだよ!褒めて!」


 アルが私の目の前に突き付けた物。ギトギトした独特の表面に、頭頂部から伸びた長い触覚に、日の光を浴びて若干色味を鮮やかに反映する黒茶色の本体に…。


 つまり。名前を言ってはいけないあのGだった。


「アギャアァァアァァァ!!!!!」


 人間が出してはいけない感じの悲鳴をあげながら、私は絶叫した。


 訂正する。やっぱりこいつ、魔王だった。

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