第二話 そう言えば確かに壊しちゃダメとは言ったが燃やしちゃダメとは言ってなかったわ
第6話
「世界終焉自然発生型呪厄災害十三号。通称、魔王。危険度クラスは『Z』……。これはあまりの規模の大きさに完全な脅威のほどを観測しきれないという『測定不能』の意味も含みます。世界終末要因のうち、Zの冠された脅威は他に観測されておりません。魔王というのはそれほどの規模の危険災害なのです」
白い部屋の中、淡々とした声が響いている。
リノリウムの床、白く塗りこめられた壁、病的なまでに白いベッドのシーツ。典型的な病室のレイアウトの中にいるのは、私とその男性のみ。
ベッドの真横に据えられたパイプ椅子。ゆったりと足を組んで、菅原さん―機関での私の担当者は、感情の読み取れない声音で告げた。
「機関の発足以来数世紀……その前身となる幾多の神秘研究集団の歴史からも数えれば最早数千年を数えますが。魔王という存在は幾度となく観測され、その度甚大な被害をもたらしてきました。世界が未だ存続できているというのは奇跡だと言う意見すらあります。我々の住む世界は薄氷の上に成り立っているのです。ただ一つ、魔王という災害がゆえに」
事実のみを述べることを目的とした声音。誇張やほらの類ではなく、まさしく事実でしかないのだろう。
奇妙な丸縁の色付き眼鏡の向こうで、菅原さんの目が細くなる。
この人はいつも表情に乏しい。のちに知ることだが、機関の中には『生きているのか死んでいるのかわからない』と揶揄する人がいるほどだ。
それほどまでに変化に乏しいこの人の、あまりにも明白な感情の揺らぎ。
驚きに目を瞠る私に向かって、菅原さんは平坦な口調で告げた。
「お忘れなきように。あなたの隣にいるのは世界を滅ぼす災害現象。指先一つで地球を滅し、気まぐれ一つで世界を殺す。破滅の使者、破壊の大王、人知及ばぬ災禍の化身。世界を終焉させる力を備えた人類の仇敵なのです」
ぐらりと意識が傾いだ。菅原さんの顔が朧げにかすむ。すべてが遠ざかっていくような感覚。ベッドに身を起こした状態でどこに行けるというのか。しかし、疑問を形にする前にそれら全ては暗闇の淵に沈んでいく……。
「ユキ、おはよう!」
そして目の前に現れる満面の笑み。
顔の全体をくしゃくしゃにして、これでもかというとびきりの笑顔を見せてくる。目も眉もだらしなく下がっちゃってまあ。それとは対照的に勢いよく釣り上げられた口の端が印象的だ。
笑っている。どこから見ても上機嫌で、誰が見ても嬉しそうだ。この世一番の幸せに巡り合ったのだ、とでも言いだしそうな緩んだ笑顔。
「……これが?」
世界を滅ぼす力を備えた人類の仇敵?
心神喪失もかくやという極限状況から救い出された直後、病室で菅原さんと交わした緊迫の会話……の夢から一転。
あまりにも平和ボケしたゆるゆるの雰囲気に、思わず胡乱な声が出た。
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