第3話

改めて思い返してみてもなんとまあ気の抜ける話だろうか。世界の命運をかけて私は今奮闘しているのである。子育てを。そう。子育てを。


 そして絶賛私の頭を悩ましている息子(というのもすごく違和感がある)は今、私のことをがくがく揺すりながら泣いている。


 気持ち悪い、と声をあげるとようやく気付いたらしく、アルは更に真っ青になって私に顔を寄せた。


「やだやだユキ死なないで!ユキ!ユキ!ユキがいなくなったら僕、もう……!」


 ぼろぼろ大粒の涙をこぼして、必死に私に縋り付くアル。涙がぼたぼた私の顔に落ちる。


 うーん。見た目はものすごくかっこいい。この世にこんなに自分の好みに沿うお顔の人がいるのかと思うぐらい。

 だが中身はてんで子供だ。聞き分けがなくてワガママで嫉妬深い聞かん坊。中身がこれでは百年の恋も覚めると言うもの。いくら絶世の美男だろうと鼻水まき散らして泣いてる様子じゃときめかないでしょ。


 ……いや、まあ、かっこよくは見えなくとも可愛いと思っちゃうから私は重症なんだが。


「だ、いじょうぶだから……死なないから、ずっと一緒に居るよ」


 息も絶え絶えにそれだけひねり出せば、アルの顔がこれ以上無いぐらい嬉しそうに輝いた。

 そしてアルはそのまま私に抱きついてきた。また肺と内臓が圧迫されてとんでもない声が出た。苦しい、と告げても今度のアルの手は緩まない。


「ユキ、ずーっと一緒だよ!世界が終わっても一緒に居ようね!」


 嬉しそうに歌うように、そんな言葉をかけてくるアル。晴れやかなその顔はどこまでも喜びに彩られている。

 私もにっこりと微笑んだ。アルにここまで言わせた以上、私もそれに応えなければ―。


「うん。世界を終わらす前に店のオーナーさんに謝って」


 とりあえず、このお店のオーナーさんが起きたら、平謝りして謝罪しないと。

 瓦礫の最中、アルの巻き起こした大破壊のショックで気絶しているオーナーさんにどう謝ればいいのか。私の頭の中はその思考で埋め尽くされていた。

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