第2話

白皙の肌に金色のおぐし、顔のパーツはあつらえたように小さな顔の中に納まって。長い手足に引き締まった体。さえずる声はどんな鳥より美しく。


 イゼルモ国きっての名門公爵家、ヴィルト家に生まれついたシャルル様は、完璧なお人だった。


 見た目、頭脳、運動神経、会話のセンスに身だしなみ。果ては人柄に至るまで。シャルル様は神に愛されたとしか思えないほどの様々な才に恵まれていた。


 幼いころは秀麗な見た目に反してのあまりの引っ込み思案さに少々心配されたものの、成長するにつれその兆しも薄れ……名門公爵家の跡取りとして恥じないだけの研鑽を積んだシャルル様は、素晴らしい好青年へと成長した。


 政治経済地理に歴史、話術語学に交渉術、領地経営の手法に人身掌握。さらには武芸に教養、芸術面まで。必要となる知識と技術のありったけを詰め込まれ、そしてそのすべてに対し、期待以上に応えてみせた。彼はまさしく完璧な青年だった。


 光り輝かんばかりに美しく、ご立派に、たくましく成長されたシャルル様。彼は大変に人目を引いた。


 いざ正式な社交界デビューと相成った暁には、それはそれはもう大変なことになった。何せ名門公爵家、加えてこの美貌にこの実力。玉の輿と素敵な結婚生活とイケメンな旦那様の一挙三得を狙う貴族の子女が殺到したのである。


 下は商人上がりの成り上がりから上は大公家のご息女まで、シャルル様が出ると知れた舞踏会はたちまちのうちに大騒ぎ。まさかの列形成が必要になり普段は裏方の私たちメイドまで駆り出される始末。ホールの外まで列成す錚々たるご令嬢の面々を前に私もくらくらしたものだ。この騒動がいつまで続くのかと―。


 が。それは全くの杞憂だった。


 理由は一つ。


『君を愛している!ああもちろん君も!それから君も、あなたも、そこの筋肉が素敵な彼も!』


 シャルル様のこの異常な告白癖を見た瞬間、誰も彼もが一斉に身を引いたのである。


 いやあ、あの素早さはすごかった。デビュー初日に凍り付いた空気、そこからあれよあれよという間に人づてに話が広がって、気が付けば舞踏会への招待はぱったり途絶え。その間わずか一週間、セミよりもなお短く儚い期間でもって、シャルル様のモテ期は終わった。


 そこからはもう転げ落ちるよう。あれだけ来ていた縁談嫁入りお見合い話も全て立ち消え、お屋敷は閑古鳥。爆笑したシャルル様の友人たちが慰めに来てはくれるものの彼らは当然お嫁さんになれようはずもなく。


 おまけにこの国は養子での後継ぎを原則禁止している。公爵家の長たる人物が結婚もせずに独り身でいるなどと、到底許されるはずもない。そもそも外向きの仕事をする家の主人と内向きの仕事を取り仕切る女主人がいなければ貴族の家は成り立たないのだ。単純に労働力的な問題で。


 つまりはシャルル様が結婚できない場合、このお家は断絶、公爵家は突然一家離散の憂き目に遭ってしまうと言うわけである。


 シャルル様のようなご立派な世継ぎがあるなら将来も安泰、現在のご当主も易々と楽隠居の構えに入れるだろう……。もっぱらそんな噂の的だったヴィルト公爵家は一転、お家存続の瀬戸際にまで追い込まれてしまった。


 だからこそ私は―私たち使用人は、この完璧なはずなのにどうしてか非モテ公爵の婚活を、絶対に成功させるべく日々奮闘し……そして頭を痛め続けているのだ。


 と、申し遅れた。私はアン。シャルル様のお付の侍女、要するにメイドである。訳あってこのヴィルト家に住み込みで働かせてもらっているしがない平民だ。


 このシャルル様に命どころか存在そのものから助けられ、生涯をかけてお仕えすると決めている、単なる一使用人である。

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