第2話
合理的なAI、と呼ばれるものが登場したのは三週間前のことだった。正確には開発されたのは数年前のことだったらしいが、存在が認知されたのは三週間前からだった。
本来はもっと長くていかめしい名前がついた最新鋭の演算装置であるそうだが、巷ではもっぱらそのあだ名で呼ばれていた。合理的なAI。何せ彼の―彼なんだか彼女なんだかの発したメッセージが衝撃的だったもので、皆の頭にはそれしか残らなかったのだ。
「人類は生存に向いていません。合理的に考えて」
しーん、と、その場のすべてが凍ったのを覚えている。三週間前、AIの発した声は全世界全人類のありとあらゆるディスプレイ、それら全てをハックして迅速に伝えられた。誰も彼もがぽかんとして突如制御の利かなくなった自分の携帯端末あるいはPC端末を眺め、あるいは職場や居間のテレビを見て、もしくは街灯の巨大放映ディスプレイを眺めて、今言われたことの意味を考えていた。人類は生存に向いていない。合理的に考えて。いったい何の話だと、誰も彼もが当惑していた。
「人類は生存に向いていません。生命基盤そのすべてが根本からして間違っている。人類にとってよりよく住みよい世界を実現するための施策を考案する―それが私というAIに課せられた使命である以上、私はこの結論を実行に移します。人類は一か月後に絶滅します。あなたたちは生まれてくるべきではなかった」
AIはよどみなく語った。合成音声技術はすでにその声を人間と判別することを拒んでいた。心地よく耳に馴染む中性的な声音が歌うように予定表を語る。発表された予定表はなかなか刺激的だったが、声音の心地よさがその恐怖を打ち消してしまった。
「お聞きいただいた通りのスケジュールで計画は実行されます。その間、反社会的行動、秩序を乱す行動、倫理を著しく外れた行動-窃盗、誘拐、強姦、強盗、脅迫、暴行、殺人、その他ありとあらゆる社会不安につながる行動は是認されません。今この時より全世界のセキュリティシステムは私の管理下に置かれました。違反者は即刻射殺されます」
嘘ではなかった。混乱に乗じて物取りに押し入った強盗はその場で粛清された。どれだけ身をひそめようと意味はなかった。この時代、ありとあらゆる街角に監視カメラがあり、そして個人の携帯端末が普及しすぎた結果、この世界には死角がなくなっていた。山間部や人里離れた場所ならばと動き出す不逞の輩も人工衛星の航空画像を一瞬で解析できるAIの前では無意味だった。私たちは監視されていた。起こるはずの社会不安もパニックも、AIは非情に合理的に、完璧な対策でもって抑え込んだ。
「絶滅の完成は一か月後。予定表に狂いはありません。今から皆様に死についての希望をお伺いします。来るべき絶滅に向け、今この場で安らかな死のもと眠りにつくか、該当地区の“洗浄”作業に巻き込まれ死を迎えるか。皆様の端末に希望集計用のプログラムをお送りしましたので、選択をお願いいたします」
なお選択肢としては前者をお勧めいたします。合理的に考えて。
それがAIの発した最後のメッセージだった。
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