星の守り人 27話 レイラ奮闘記 1

  少し時は戻り、折原がシミュレーターによる訓練を開始して少し経った1月の出来事。ニューヨーク郊外にひときわ目立つ人が一人、一切ムラのない綺麗なオレンジ色の長髪、綺麗な銀色の瞳を携えたモデルと見紛うスタイルと美しい顔立ちの女性、星守の星間交流担当官のレイラである。レイラは今日もいつものビルに来ていた。ここ数か月、他に出来ることも無いので毎日のように通い、毎回のようにストレスを抱え2日に一回ヤケ酒をする暮らしを続け、すっかり地球のお酒に詳しくなってしまった。


「おぉぉ…!今日も美しい…」

「アレックスさん…あの…」

「美しさの中に確かな強さもある…惚れ惚れしますな…」

「今はそういう話のしているのではなくてですね…」

「ずっと一緒に居たい、手放すのが惜しいですな!」

「そんなの困ります…っていうかいつまで撫でてるんですか!」

「良いではないですか」

「良くないです!いい加減調査を進めてください!そのコロナイザーの!!」


 目をキラキラさせながらコロナイザーの偵察機の残骸を撫でまわすアレックス、とそれにブチギレるレイラ。折原の提案で鹵獲したコロナイザーをアレックス率いる秘密の研究所に引き渡して早4か月、とある問題が発生して調査が止まっていた。

 アレックスの元に運ばれてきた偵察機に対して依頼された調査内容は一つ、この機体の脅威性を調べ、現状の地球の戦力では抗うことが出来ないという証明をするという事。レイラからの依頼の元、この機体が地球の技術力を遥かに超え、調べたところで原理すらわからないレベルに至っているということが分かった。何にも分かっていないのかい!となるところだが、逆に調べる事すらできないレベルに技術力に差が出ている、ということが十分な脅威としての証明になる。


「特にこの飛行能力は素晴らしい!この重量を小さな推進機関のみで浮かせるだけでなく、単機で地球の重力圏から脱出できる出力での飛行を可能にしているとは!」


 かなりの情報が集まり、あと一つ調査が完了すれば調査報告が出来る。といったところまで来ていた。


「それはもう何度も聞きましたよ…早く最後の強度試験を開始してください…」


 最後の調査、それは地球にある武器でこの機体を破壊することが出来るのか、1機相手にするのにどれだけの兵器が必要になるのかを調べるための強度試験であるのだが…


「嫌です!こんな美しい機体を…僕は傷つけることはできません!!」

「それが敵だってこと忘れてません!?」


 この男、未知の技術に心酔するあまり、傷つけたくないと言い出したのである。


(もしかしなくても選ぶ相手を間違えてしまったのかしら!?)


 レイラは協力者としてアレックスを選んだことをちょっと、いや大分後悔していた。偵察機の残骸を引き渡してからというもの、煩いくらいのハイテンションで調査に没頭してくれたのはいいのだが、自分の知的好奇心を満たすために必要のない調査までやり始め、レイラが訪れるたびに小一時間滾々とその素晴らしさを語ってくる…それが4か月続いている、交渉担当としてそれなりに強いメンタルを持っているはずのレイラですらストレスで疲弊するレベル。あぁ、今日もお酒が進みそうだ…


「あーもう!分かりましたわ、次また鹵獲した際は研究用にお渡しいたしますので…」

「なんですと!?それは妙案…では次はぜひ別の型のものを要求いたしますぞ!」

「…はぁ…分かりましたから、お願いですから調査を進めてくださいませんか?」

「うーむ、確かにこのまま僕のわがままで調査が進まないのはよくありませんな」


 わがままっていう自覚はあったんかい。地球の危機っていう自覚ある?そんな感じで何とか調査の最終段階に進めることが出来た、しれっと準備自体は万端に完了させていたので、2~3日で調査は完了できるとのことだ。口ではなんだかんだ言ってもアレックスは一流の研究者、その辺はしっかりしている。


「それでは3日後、結果期待していますね」

「えぇ…お任せください。3日後の訪問、楽しみにお待ちしております」


 いつもの大げさなお辞儀のアレックスに見送られ帰路につくレイラ。今日も疲れたし、いつものバーに…と思ったが、ちょっと気になったこともあったのでキャリアーに戻ることにした。リオに連絡を取り、近くの公園にポッドを降ろしてもらい宇宙へと帰還する。


 *


「おっかえりー!レイラっち、久しぶりだね」

「リオ、相変わらずですね。オルカとケントさんは?」

「訓練中ー、元気に飛び回ってるよ」


 デッキのメインモニターに映像が映し出され、オルカと折原のアームズが飛び交っているのが映る。今日のシミュレータの訓練は終了し、今はオルカとの模擬戦の最中らしい。


「順調そうですね。でも良かったの?アームズをあげちゃうなんて」

「…うん、新しくアームズを手配しようとしたらそれだけで1年以上かかっちゃうからね」

「そうね。それでもあなたがアームズの譲渡をするって言った時は驚いたわ…」


 今折原が装備しているアームズは元々リオのものだったのだが、折原にあげてしまったため今のリオにはアームズが無く戦うことが出来ない。アームズは1人1機、生体データを登録しているため本人以外は使用することが出来ない。つまりそれを譲渡してしまったリオはもう、折原のアームズを一時的に使うことすらできなくなってしまっている。


「そのことも含めて…リオ、今日はあなたに聞きたいことがあってきたの。ちょうど2人もいないしね」


 折原を星守にするという話を聞いたときからずっと聞きたかったこと、オルカと折原の前では聞きづらくて聞けていなかったので、リオと2人で話せるタイミングをうかがいに今日来たのだが、ちょうどいいタイミングで来れたようだ。


「アームズを駆るものにとってアームズは命のように大事なもの。それを譲渡するなんて、よほどな理由が無いとやらないわ」

「…」

「あるのよね、そのよほどの理由が」

「ケントには才能があるからさ…」

「才能?そんな理由で…いくら才能があったところで、まともな訓練環境も無い状態でリオより強くなる可能性があるっていうの?」


 通常、全くの素人が星守の戦闘員になるとしたら、まず訓練施設に入り基礎を学び、訓練生同士でチームを組み演習などを行ったり、実際の戦場に出て実戦経験を積んだりして1人前になる。しかし今の折原にはともに学ぶ同志もいなければ、ちゃんとした教官も訓練カリキュラムも無い、一応シミュレーターで様々な訓練環境を再現出来てはいるが、それでも良い環境とは言えない。普通に考えたら、そんな環境で訓練したところで大した成長は見込めない、実戦経験も豊富なリオが戦った方が強いし、リオが戦えなくなる状態の方がリスクが高いと感じるだろう。


「…やっぱりレイラっちにはごまかせないね」

「何かあるのね」

「うん、これ見て」


 リオは今までオルカにしか見せていなかった折原の精神状態のデータと、これまでの訓練での記録をモニタに表示させた。そこには通常では考えられない速度で成長していることを示した内容と、それの大きな要因となっている「覚醒」という特殊な精神状態へと至っている可能性を示唆していた。


「…やっぱりね。彼がコロナイザーに接触した最初の地球人って聞いたときにもしかしたら…って思っていたけど」

「うん、黙っててごめんね」

「いいわ、これは本来そちらの管轄だからね」


 星守という組織は実戦部隊とそれ以外できっぱりと役割が分かれている。そのため戦闘や戦闘員の育成は部隊で行い、それ以外の外交や運営を非戦闘の星守職員が行うので、非戦闘職員であるレイラがオルカやリオに口出しすることは基本的に無いのだが、この3人は長い付き合いなのでそこの壁が良くも悪くも薄い。


「でもこれではっきりしたわ、リオ、あなた…彼を「ストライカー」にしようとしてるわね?」


 ストライカー。星守戦闘員の第3のクラス、数百人に1人しか現れない戦闘能力に特化した超攻撃型のクラスにして部隊のエース的存在。本来、才能がある者が長い訓練と実戦経験の末、高い実力と適性を身につけることでなれるのだが…


「一度だけ…僕は覚醒したストライカーに出会ったことがある、圧倒的だったよ。きっと僕じゃ一生かかってもたどり着けることは無いと思う」

「リオ…」


 自分の故郷の星を侵略され、多くの命が失われるのを目の当たりにし絶望を知ったリオは人一倍強さへの渇望が強い。だが戦闘という分野では才能に恵まれず、他の人より秀でていた頭脳を使ってアナライザーとなった、強さを諦めてしまったのである。そんな中、覚醒という強い武器を持った折原が現れた。自分が追い求めて手に入らなかった強さ、どうしても欲しいと思った…たとえ自分の強さを失うことになったとしても。

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