八
少年を包み込んだ「布」を頭上に浮かべながら、死神たちは庵の前に立っていた。
たづは、腕組みをしてその戸口に立つ。冷たく乾いた風が黒い髪を揺らして、色を反転させた天の川のように煌めいていた。
「お前たちは、これを知っていたんだね。あの人は生まれ変わりをくり返して『罪滅ぼし』をしていると……」
「おっしゃる通りでございます」
死神なのだから、すべての者の生き死にを知っているだろう。むべなるかなとばかりにうなずきながら、たづはちらりと横目で死神を見やる。
「あの人の一家はどうなったんかいね」
「反物を手に入れられなくなりましたので、みるみるうちに廃れたと聞きます。金の問題で大いに揉めて、刃傷沙汰も起きたとか」
こころなしか、外は冷たさを増してきた。異様なまでに静まり返った山の中で、風ばかりが吹きしきる。たづは、苦笑いして肩をすくめた。
「ハ、あのばあさまの言うことも、あながち外れていなかったてわけかい……」
死神は慰めの言葉などを口にすることなく、しばらくの間沈黙を保っていた。たづも、それに従うようにしてしばらく口をつぐむ。
風が一巡りか二巡りする頃、死神が再び口を開いた。
「我々を憎みますか」
たづは、意外な質問をするなと内心驚きながらも、ゆるりと首を振った。
「どうもしないさ。あの人に恩返ししたいという気持ちは、とうに薄れちまったよ。あれだけ必死になって、残ったものは機織りの技のみ。まあ、それがあったから、今こうしてここにいるんだがね」
そう言いながら、今羽織っている墨黒の着物を引っ張ってみせる。この務めを受けた後、死神から仕事着として贈られたものだ。
「あたしは、今の務めを案外気に入っているんだよ。確かに、これは果てしない『罰』ではあるんだがね。だが、気ままに機織りができるのは悪くない。決められた誰かのために反物を織るのは、とうに丨飽き《・・》てしまったんだねえ」
死神は、その言葉を聞いていないように静止している。しかし、生真面目に聞いているのだろうと、たづにはわかっていた。
「あの男の『罰』を止めろ、と言うのではなかろうかと思っておりました」
今日はどうしたことか、妙に話を続けたがる。目の前で死を与えた罪悪感でもあるのかねえと内心笑いながら、たづは肩をすくめた。
「まさか。自業自得でもあるからねえ。あの人も愚かだったよ。だから、『禁忌』を犯した。あたしの言いつけを破って正体を見ちまったのはあの人だし、あたしはあたしたちが変化できることを、人に教えちまった。だから、人と鳥のあわいで『罰』を受けているんだろうよ。生まれ変わりのあの少年は、憐れだったがねえ……」
たづは、己の両手を見やった。
拾い上げた若鳥は傷だらけだった。人から、鳥から傷を受けて。
あれも、「罪滅ぼし」のひとつなのだろうか。
人に化けた鳥の正体を見てはならないという「禁忌」を破った、「罰」なのだろうか。
若鳥の、少年の鼓動を思い出す。
たづの鼓動は死の後に止まってしまっているから、鼓動を感じるのはずいぶんと久しぶりだった。あの体からは、生々しい血が流れていた。それを不気味と思ってもいいほど乾いた生活を送ってきたのに、それにも構わず、あの若鳥を庵に引き入れた……。
たづは、ゆっくりと死神を見やった。
「ただねえ、あの人があたしを助けたことだけは、本当だったんだ。後で言いつけを破られようと、それだけは、本当だったんだ……」
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