六
「あたしは死んだ後もこうして存在しているわけだが、これは生まれ変わりとは違うのかいな?」
ある時、たづは死神に問うた時があった。「反物師」を始めた頃のことであったろうか。
「いいえ、たづ様は生まれ変わりではございません。現に、死ぬ前の記憶はございますし、まぎれもなくたづ様でございましょう。生まれ変わりとは、
「へえ……」
よくわからないねえ、と苦笑いするたづの目の前で、死神が相変わらずの調子で続ける。
「ただ、何度も生まれ変わる者の中には、たづ様と近しい事情を持つ者も多くいます」
「事情?」
たづは訝しげに眉をひそめる。そしてしばらく記憶の糸をたぐり、すっと目を細めた。
「あたしのように、『禁忌』を犯して、『罰』として生まれ変わりを繰り返していると?」
「はい」
「……それを、言ってしまってもいいのかい?」
どこか煽るような調子のたづであったが、死神は動揺する様子もない。
「言ったところで、大して変わるわけではありませんから、問題ございません」
そう淡々と言った死神には、神らしい超然があった。
しかし、死に抗える者などいないから、どうしようもない。
死後、長い時を生きることになったたづだが、後に聞いた話によると、人間や鳥に比べて何倍も存在し続けることができるだけで、それは正しくは永遠ではないのだという。そして、死神にもまた、本当の意味での永遠は存在しない。「反物」の「糸」は、死神の墓場のある谷蔭から作られているのだから。
「この小さいのも、前世に何かの『罪』を犯したんだね……」
ふと回想から戻り、たづは少年を再び見やった。熱で顔は歪み、もう先は長くないように思える。ますますひどくなっているのが、たづにもよくわかった。
りいん、りいん
実際、死神の合図が聞こえ始めている。「反物」の回収ではないだろうから、おそらくこの少年に死を与えに来たのだろう。たづは、その音を静かに聞いていた。あれほどの傷だから、それも仕方ないだろう。
すべての者に、平等に死は訪れる。
それは、「反物」を織る者として、誰よりも知っていることだ。
少年が、ゆっくりと口を開く。
まるで、死神がやってくるのを悟ったかのように。からからに乾き、赤紫に変色してしまった唇を開く。たづは、横目だけでそれをちらりと見た。
「い、い、つ、け、や、ぶっ、た、お、ら、の、せ、い、で」
その声はまさしく少年の声だったが、それでいてどこか調子が違っていた。
少年にしてはどこか穏やかで、苦しみや悔いを含んだ、大人の色の交じった口調。それに、訛りや人称も違っている。
たづは思わず、まじまじと少年を見た。
(これは……)
彼は目を覚まさないまま、絞り出すように言葉を発する。
「す、ま、ね、かっ、た、なあ……
言いつけ破ったおらのせいで、すまねかったなあ田鶴や。
りいん
はっとして意識を戻すと、いつの間にか庵の戸が開いており、その向こうには死神の列が控えている。彼らの頭上には、折りたたまれた墨黒の「布」。それは、花がほころびるように音もなく広がると、そのまま熱にうかされる少年の上まで飛んでゆく。
そして、静かに、静かに、その小さな体を覆い尽くした。
ふわり
と少年を包んだ薄墨の「布」が、ゆっくりと宙に浮かぶ。それとともに、死神がおもむろに声を発し始めた。
人には出せないほど高い、または低い音色を含んだそれは、美しくも淋しい重奏となり、朗々と山の中に響く。
独自の言葉なのか、彼らが何を言っているのかはまるでわからない。ただ、読経のような荘厳さを持つそれが、「かの者の魂を死に反転する」という旨の宣言であると、たづは肌で感じていた。
――すまねかったなあ……田鶴や。
「禁忌」を犯したゆえに、何度も生まれ変わる者がいるという。
この少年は、かつて「禁忌」を犯した者。
「お前、『あの人』だったんかいね……」
重奏が響く中、たづはぽつりと呟いた。
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