三
「ずいぶんな真似をしているねえ。大事な食べ物でも奪ったのかねえ」
そう呟きながら、たづは溜め息をつく。
放っておいても別に良いのだが、安らかな死を与える「反物」を織る身として、冷たい山の中長く苦しませて死なせるのも少々気が引けた。庵の戸を閉めると、たづはまっすぐに若鳥の元へ向かう。
ぐわあ、ぐわあ
すると、たづに気づいた頭上の鳥たちが、警戒したような声を上げ始めた。森の音をすべて覆い尽くすように、やかましく叫ぶ、叫ぶ。
「静かにしいや」
その一声は山を震わせるように凛と響き、合わせてぴたりと鳥の声が止んだ。その従順さに、たづは思わず溜め息をつく。
「そんなに、死が嫌いかね……」
生きているものには皆、匂いがある。
例えば、森の湿った木の匂い。花の匂い。実の匂い。虫の匂い。獣の匂い。鳥の匂い。若鳥から立つ血の匂い。
しかし、墨黒の着物――『反物』で作られた着物を羽織ったたづからは、生き物の匂いがしない。死神たちと同じように。
それゆえに、死神が庵に訪れる時や、特別な術をかけられた庵の外にたづが出た時に、山の生き物たちはざわめく。死そのものがやってきたと恐れるように。
目の前の若鳥もまた、怯えているらしい。
しかし同時に、その瞳には不思議な色があった。
「お前、あたしを恐れているだけじゃあないね」
何かを諦めているような、それでいて何かを見つけたような、絶望と希望とがないまぜになった瞳。それは相まって弱々しい光に見えたけれども、死人の目とは違っていた。
たづは、ふっと口元を歪ませて、若鳥をまじまじと見る。
むせかえるような血の匂いに溢れ、翼は折れている。もう持たないだろう。持っても数日。冷ややかにそう判じながらも、たづはやわらかい手つきで若鳥の体を掬い取った。
「お前の目には、面白いものが織り込まれているねえ」
ぐわあ、ぐわあ、ぐわあ
頭上の鳥たちが、いっそう大きな声で鳴き始める。しかし、たづはもうそれを気にしていなかった。目を細めて、じっくりと若鳥を見つめている。白い手に若鳥の血が移っていたが、それに構いもしない。
若鳥は、寒さと痛みゆえか、体がぶるぶると震えていた。しかし、それもやがて、ゆるやかに収まっていく。拾われた安心感ゆえか、眠るように、ゆっくりとその瞳を閉じていく。しかし、心臓はまだ弱々しくも動いているから、死んだわけではないらしい。だらりと広がる焦茶色の羽。
……それがふと、ざわりと波打った。
風の流れとは明らかに異なる、体の内からあふれる力によって逆立っているような、奇妙な光景。さすがのたづも思わず目を見開き、手の上の若鳥を見つめた。
羽はいっそう激しく震え、頭上の鳥たちは悲鳴のような声を上げ、こころなしかその体は重たく大きくなっているようにも思われる。羽は引っ込むようにして消えてゆき、代わりにむき出しの肌が現れ、小さなくちばしがしぼむ。みるみるうちに変わっていく姿に、思わずたづは若鳥を取り落した。ずるり、とその体が枯れ葉の上に滑り落ち、血のついたたづの手に、赤紅葉の欠片が貼りつく。その赤に引かれるように、たづは地面の上の姿を見つめ、そして小さく呟いた。
「お前……
地面に横たわっていたのは、血だらけのまま目をつむった少年だった。
体は細く、見るにたえないほど骨が浮いている。呼吸は弱々しく、心臓が動いているのがもはや不思議なほど。髪は羽と同じ焦茶色で、顔はぞっとするほど青白い。しかし、死神の音はまだ聞こえないから、少しは持つのだろう。
横たわる少年の元に、たづらするりと滑るようにしゃがみ込む。その白い手が彼の髪をなぞると、少年は苦しそうにうめき、口を浅く開いた。その姿を感情の読み取れない瞳で見つめながら、たづは低く呟く。
「あたしと、
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