死神は、死を司る者。

 死を間近にした者の元に現れ、その死の際には墨黒の「布」を被せる。生き物の生を死に「転」させる「布」を被せることで、その者の死が示される。


 たづが織っているのは、その墨黒の「布」の元となる、特別な「物」だった。  


 ぎい、ばたん

 機織り機が音を立てる。たづはその前に座り、しなやかな手つきでそれを操っていた。

 機械には、ぴんと張った縦糸が幾本も並び、遠くから見ればまっすぐな夜の川面のようにも見える。ただし、それは上糸と下糸に分かれており、踏み木を踏むことでその上下が入れ替わる。を上糸と下糸の隙間にくぐらせれば、縦糸の間に横糸を走らせることができるという仕組みである。

 とんとん

 時折、その横糸を寄せて整えるおさという部品の音が、耳に心地よく響いていた。


 滑らかな機織りの音。山を吹きしく風の音。木々のざわめく音。それに巻き上げられた枯れ葉の音。虫の涼やかな音。遠くを飛ぶ鳥の音。


 すべてが混ざり合って、墨黒の「反物」に織り込まれていく。生きとし生けるもの、その生を閉じる「反物」を織ってゆく。山を覆い尽くす淋しいかげに似た黒を持つそれは、生き物の魂を静かに包み込む。


 杼につないだ墨黒の「糸」は、死神から与えられている。

 どことも知れぬ、永遠に光の差さない谷底の蔭を採集しているのだと、いつか聞いた。曰くそこには、死神の墓場があるのだという。


 その話を聞いた時、まるで生気を感じない死神たちが、やけに淋しく見えた。


 そんな風に感じた自分にどこか驚きながらも、その時こう続けたのをたづは覚えている。

「谷底の蔭を紡いで『糸』を成すんだろう。なら、お前たちで『反物』を作ればよかろうに」

「いいえ。この『糸』は我々の手によるものではございません。我々死神は、死を与えることしかできませぬゆえ」

「そうか、あたしも『反物』を織ることしかできないよ」

「たづ様の『反物』あってこその我々でございます」

「心にもないことを言うね」

「いいえ」

 どこまでが本心か、本心というものが在るのかもわからない、死神という存在。彼らがゆるやかに答えるのをどこか皮肉交じりの瞳で見つめながら、たづはささやくように呟いたものだった。



「この務めは、お前たちが私に課した、『罰』だろうがね……」



 そんな会話を交わしたのは確か、今と同じ季節のことだった。

 山から降った赤紅葉が一枚、彼らの体を透かして地面に落ちていったのを、たづは不思議とよく覚えている。


 庵にはたづしかいないから、普段は誰かと会話をすることもない。ただただ、機織りの音が響くのみ。新しくもらったばかりの「糸」は、蝋燭の灯りの中にぼんやりと浮かび、乾いた不気味さと淋しさをもって輝く。

 それを見つめながら無心で杼を滑らせていると、時折風がひゅるりと吹いて、機織り機がきしんだ。山は冷えるのが早い。


「じきに織り終わるかねえ……」

 まだ「糸」は残っているが、ひとまず今織っているものの終わりが見え、たづはゆっくりと伸びをした。彼女がまとう着物と、機織り機に張られている「反物」が、同じように暗く輝く。それをどこか空虚な瞳で見ながら、たづは伸ばした手を静かに降ろす。


 がさり

 ふと、庵の外でいつもと違う音がして、たづはふと眉をひそめた。

 続けて、引き裂くような高い悲鳴と、警告するような鋭い鳴き声。鳥の声らしきそれが、空気を激しくかき混ぜるように響く。何かが鳥たちの縄張りを侵したのだろうか。たづは立ち上がって、庵の戸をそっと開いた。

「……夜か」

 狭い庵の中で長く機織りをしていると、いつの間にか時の流れを忘れてしまう。夜闇の冷たさをそのまま形にした風がたづの体にぶつかり、色の沈んだ枯れ葉が巻き上がる。

 土の湿った匂いが広がる中で上を見上げると、頭上には警戒した様子の鳥たちがぐるぐると回っていた。時折彼らは低く飛んで、地面の上に向かって白銀の爪を立てようとする。たづは、思わずその先に視線を向けた。

「おや……」



 そこには、傷だらけでぼろぼろになった、小さな若鳥が横たわっていた。


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