第65話

「ひ」


突然、背中と首筋に自分以外の体温、そしてVVLGARIの香りーー


「な」


振り返り、急にこんなことをする門口に非難の視線をぶつけていると、



《おー、森山か、遅くまでお疲れさん!

制服のまま行ったからまだ俺だけ事務所開けて待ってるぞ!》



電話を取った所長の声が……。



「は、はい、あの制服のまま直帰することにします」



からかうような表情で私を抱き締め続ける門口。

スマホから漏れる声に耳を傾けている。



《そーなのか? 制服でバスに乗ったら目立つから嫌だって言ってなかったか? ″ 私みたいなおばさんにこの水色の制服は派手すぎるって″》



「″おばさんに とか″言ってません」



プッ。

と私の耳元で吹き出す門口にも頭くる。



「まー、あれだ、そこから会社までのバス賃はあとで経費で落とせよー、じゃーな、俺も帰るわ」



ブツッ!




そして、光建設の話をすることもなく電話を切られてしまった。



気にならないのか。





「お前んとこの所長は悪い人間じゃないんだけど、適当なんだよな。事の重大さがわかってない」


「あなたこそ、こんな時になにしてるんですか?!」



「あ? 抱擁。 悪いか」



悪いかって。


例え、人がいなくなった建設現場とはいえ、外野から誰が見てるかわからない。



「お、送って頂けるんですよね? 父と犬が待ってるのでお願いします」


軽く門口の腕をほどきながら、真っ暗になった空を再度見上げる。




うわ、



デカイ満月だ。






「キスしてから送ってやるよ」



月に見とれた、ほんの一瞬の間に、ポカンと開けた唇をあっという間に覆われた。

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