第36話

校庭を見ていたから気付かなかったが、教室の扉が開いて一人の黒髪短髪の細っこいこれまた美少年が立っていた。



「おはようさん。大ちゃん、諭吉くん……もしかしてその子が転校生なん?」



「「錦おはよう!」」



大吉や諭吉だけでなく、教室でおしゃべりに夢中の少年たちも教室に入ってきた美少年に声をかけていく。

180くらいの長身痩躯の儚げな美少年だった。

この人が大吉と諭吉の幼馴染みの錦って奴か。



「そう!紺って言うの。」



『ども、八雲紺。クシュンッ』



「僕は九条錦。紺ちゃんって呼んでもええ?よろしくな。」



錦は妖艶に笑うと私に手を差し出した。

その手を握ると、ブンブンと上下に振り回される。

くしゃみが止まらない……。



『関西弁?』



「僕、実家が神戸なんよ。」



のほほん、と効果音がつきそうな雰囲気の錦。

ここに来てからほぼ全員から感じる疑うような目を向けて来ないことに好感が持てた。



『よろしくな、錦。』



「紺ちゃん、なんや手ぇやわっこくて可愛ええな。」



『まじで?初めて言われた。』



「ちょ、錦!いつまで握ってんだよ!?」



「諭吉くんも握手したいん?しよしよー。」



「ちっがーうっ!」



諭吉と錦がじゃれあっている間も、錦は私の手をふにふにと触っている。

猫の肉球を触るように。



……人懐っこい奴だなぁ。



『錦、離してくれ。あっちぃ』



「えー??」



『男同士が好き、とかじゃないよな……?』



「何言うてるの!違うよぉ、僕は女の子が好き!誤解せんといて。」



錦に引き気味に言うと、ムスッと少し怒った錦が私から手を離す。

鳥肌がたったらしく、腕を擦って私を睨む。



『錦がずーっと男の手ぇ握ってるのが悪いんだろ。ハックシュン……あ”ー』



拗ねた錦はそっぽを向いて、大吉の隣の机に座った。

諭吉がくれたティッシュで鼻水を盛大にかむ。



「紺、錦は誰に対しても人懐っこいんだ。寂しいと死んじゃうらしい。」



『ウサギか!?』



「僕のことは置いといて、紺ちゃんはこんな細っこいけど“あれ”やるん?」



「ユウジがさっき言ってた。」



「そっかぁ……倒れたら僕が助けてあげるからね。」



『大丈夫。その気持ちだけ貰っとくよ。』



さっきまで怒っているか拗ねているかだったのに、次は私の心配をして眉を下げている。

表情豊かだな……羨ましい。



「紺ちゃん、ずっと真顔やん。」



「紺の表情筋は死滅してるんだ……。」



『僕はこの表情筋は父親譲りなんだよ。』



溜め息を吐く私に、三人はずっと私の顔を凝視していた。

その後、私はクラスにいた男たちと幾つか言葉を交わすようになった。

警戒心は和らいだらしい。




そして、騒がしい教室にジジッと耳障りな機械音が響いたのはお腹が地鳴りを始めた直後だった。

その頃には、鼻水をまたズルズルと啜っていた。

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