第22話

「紺ちゃん、キッチン来たっけ?」



『これは父の家からパクっ……拝借してきたの。』



さすがホワホワしていても極妻は全く動じている様子がない。



「紫織、紺は僕を一目見たときにアオの浮気相手だと勘違いしてアオの顔すれすれに果物ナイフを投げたんだよ。」



「うわあ!昔のアオちゃんみたいね!」



「懐かしかったなあ。それに、あの時も僕にフォーク刺したよ。」



まさか母が私と同じ事をしたことがあるとは思わなかった。

娘にも容赦なく手足は出たし、バッドを持って追いかけられたこともあるが……あ、父の前だから武器は持ってなかったのか。

私も父の前ではナイフはさすがに取り出さなかった。

唯一父にだけは力で敵わないから、刃物を持とうものなら即拘束されてしまう。



『祖父には刺してないです。テーブルです。盛らないでください。』



ニコニコと笑う夫婦に怪訝な目を向けてから、私も手を合わせて小さくいただきますと言って箸を持った。

それはそれは美味しかった。

こんな豪華な食事は両親の誕生日と私の誕生日の日くらいだ。

今日は私の歓迎会だと言っていたな。



「若、この度指導役になりました天堂獅子てんどう ししでございます。獅子とお呼びください。よろしくお願い致します。」



『八雲紺です。こちこそお世話になります。』



ジュースの瓶を持った黒髪ワイルドな悪人顔のイケメンが私の目の前に座ると頭を下げた。

父と同じ系統の顔に親近感が沸く。

獅子は頭を上げ、不思議そうな顔をして私に聞く。



「八雲……柳ではないのですか。」



『学生の間は父の姓でと約束しました。』



「そうでしたか。若、私のようなものに敬語は無用でございます。お注ぎしてもよろしいですか?」



『お、おう……ありが、とう。』



「獅子はまだ25だが、周りがよく見える頭のキレる優秀な組員だ。色々教えてもらえ。」



にっこりと笑った獅子は手に持っていた瓶を少し持ち上げると、それを私の手に持つコップに注いだ。

祖父の言葉に頷いて、意外と若いなと獅子を見つめた。



「それから、若輩者ではございますが……こいつらは貴女の手足となり、時に盾になる者です。どうぞよろしくお願い致します。」



「「よろしくお願い致します、若。」」



獅子の後ろに正座していたさっきまでの気の抜けた顔ではない大吉と諭吉は、私に向かって頭を下げた。

それが少し寂しいと思ってしまった私は可笑しいだろうか。



『祖父よ、私はこっちの世界をまだ知らないが……祖父はここにいる彼等を家族と呼んだよな?』



「そうだ。ここにいる全員が僕の子供で家族だ。」



『家族を盾にするのは、“当たり前”?』



手足となる、それは家族であって部下であるからなのだろう。

しかし、盾ということは危険なときに身代わりになるという意味だというのは私でも分かる。



「紺。ここはね、綺麗事だけが通じる世界じゃないんだ。」



祖父の纏う空気が重く張り詰めものに代わり、祖父の言葉が体にのし掛かる。



『あ、そう。それが現実なんだな。』



「そうだ。でも紺ちゃんの優しさは伝わっただろう。危うい、がね。」



祖父はさっきまでの緊張感を緩め、クックッと笑う。

祖母も嬉しそうに微笑んで私の横に来て頭を撫でた。



『優しいとか、言われたことねぇわ。まあそんじゃ、大吉、諭吉よろしくな。』



「「はい。」」



二人に頭を下げると二人はつられて私に頭を下げた。

そんな二人の目の前に人差し指を立て、ニヤリと笑う。



『それと、私のことは紺と呼ぶように!次“若”って呼んだら、お前らもこの鯛と“お揃い”な!』



そう言って目玉にフォークが刺さった鯛を指差す。

二人はゴグッと喉を鳴らし、戸惑いながらも御意と返事した。

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