第73話
その日の夜、二人は何事もなかったように帰ってきてくれて三人でご飯を囲んだ。
そして週末。
私の目の前には“竜胆”と表札の掛けられた大きな木の門の前に立っていた。
チャイムを鳴らすと、低い男の無愛想な声。
『こんにちわー櫻小路です。晶さんと約束してまして……』
「紫苑さん、お久しぶりです。どうぞ。」
やっぱり、この声は藤木だ。
晶さんの秘書は二人いるのだが、若手の藤木は秘書になる前は透の世話役をしていた。
門が開き、二人の厳つい兄ちゃんに挟まれてお邪魔しまーす、と軽い挨拶にも重い返事が返ってくる。
縁側を通り、純和風の屋敷の奥の部屋へと案内された。
襖が開くと、そこには机に向かって仕事に勤しむ着物姿の眼鏡の男。
用意されていた座布団の横に座り、彼が此方を見るまで静かに待っていた。
「ああ、すまない。座布団の上に座ったらどうだ?」
眼鏡を外し、厳格な表情を崩すことなく鋭い眼光が私を射抜く。
竜胆組組長竜胆晶、透の実の父だ。
『失礼します。いやーお久しぶりっすね。』
「お前は相変わらず飄々として変わりないな。」
『同じ事を透にも言われましたー。参ったなあ。』
「ふんっ、それで?何の用件だ?時間が限られているので単刀直入に頼む。」
晶さんは、組織のことを知っている。
手短に事の次第を説明すると、八潮と言う長いこと晶さんの秘書をしている人を呼んで何かを持ってくるように言った。
「いつまで此方にいるつもりだ?」
『一年。あとこれ、透にはまだ言ってないので内密に。』
「不都合が?」
『泣かせちゃうかもなんで。私、女の子の涙には弱いんですよ。』
へらりと笑うと、晶さんは考え込んでしまった。
きっと、透が果たして私のために泣くだろうかと、誰かとの別れを悲しむ感情があるのかと考えているのだろうか。
「失礼します。長、これを。」
「ああ、ご苦労。これを見ろ。」
八潮から晶さんに、晶さんから私に渡された紙の束をパラパラと捲り、その内容を流し読みで暗記していく。
【大蛇】の基本資料、【大蛇】と関わりのある組や組織がピックアップされ、さらにその情報までもが事細かにまとめられていた。
『こんなの見せてもらっていいんですか?』
「お前には貸しもある。それに、組織が関わっているのならウチも情報提供くらいは協力する。こちらでも、コイツらの動きが活発だったから調べていた。最近は大人しくなったが、裏で何かしているとは勘繰っていた。しかし、組織を嗅ぎ回ってるとは……相手が悪いと同情するべきか。無謀だと称賛すべきか。」
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