第0―7話 反故③
少女が握っていた刀は空気に溶け込み、次第に形が見えなくなって、完全に消えていく。
「さて、一先ず耳障りな声と邪魔な耳には届きません。さきの質問に戻りましょう。被害の場所とその規模をあなたの口できちんと報告してください」
やはり少女はすでに見定めていたようだ。それはたぶん男が告げた事実からではなく、自分の表情や言動を見てそう確信したのだろう。
「……場所は僕が暮らしている家の隣町です。規模……犠牲者の数は二十名ほど、生存者は確認できず……巡回した頃にはもう……誰一人救えませんでした」
「誰一人……。そうですか。近隣ということは、ミソノは無事でしたか?」
「襲撃は僕が家を出る前に起こったことだから、美楚乃は無事だ。でも家が襲撃に遭わなかったのは白雪が張ってくれた結界が役に立ったんだと思う」
「そうですか。……ですが、はぁ。あなたと言う人間が近くに居ながら……いえ、失言でした。致し方ありませんね」
いや、本当そんな簡単に片づけられるものじゃない。
見たくなかった、そんな顔。聞きたくなかった、そんな声。
少女は泣きそうなくらい悲しい表情を見せた。
その後、黙禱するかのように長い間、瞳を瞑った。
「……」
雄臣はその悲壮に満ちた瞳を見るのが堪えられなかった。ただ自分の不甲斐なさに目も当てられず、再び顔を床に伏した。
五分ぐらい長い沈黙が過ぎていく。どんなに懺悔をしたところで死人は帰ってこない。単なる思い上がり。単なる自己満足だ。
「タケオミ、顔を上げてください」
言われてもう一度顔を上げた。そこにはもう悲しみに暮れている彼女はいなかった。
「いつまでも悲しんでいるわけにはいきませんので切り替えます。切り替えてください」
「…………ああ」
「それと……私からもタケオミに伝えなくてはならないことがあります」
「何だ?」
「その前に、申し訳ありませんがこの罪人を外へ連れていってもらえますか。改心する旨を口から吐かせなければならないのですが、目覚めるまでずっとこいつの顔を見ていたくありませんので」
「……ああ、分かったよ」
話が終わるまでの間、こいつが目を覚ますまで木にでも括りつけておこう。雄臣は干からびた蚯蚓のように痩せ細った男に近づく。
(……死んだような顔しあがって。生きているだけマシだと思え)
内心、複雑な思いを抱きながら、雄臣は枷のように手首に繋がれた蔦に手を伸ばした。
「はは……さんざん言っておきながら……結局、殺さないのかよ……」
「っ!」
気絶から蘇った男がぼそりと世迷言を呟いた。
「ちっこい姫様ぁ……。聞いているかぁ? こんなことしても、何の意味もないぜぇ。……魔力を強制的に奪ったところでねぇ、僕の人間性は奪えない。だから、僕はこれからも人を殺すよ。脚を切断されようが、腕をもがれようが。はは、性根が腐った人間を更生する術でもあればいいのになぁ。ははっ、君のくだらない慈悲のせいでたくさんの人がこれからも死ぬよ? いやもう死んでいるかもねぇ? そうやって今まで多くの悪を見逃してきたんだろう? 正義を掲げる人間とやらは考えが甘っちょろいみたいだな!」
次第に生気を取り戻した男は、嘲笑しながら大声で語り掛ける。
「だからチミはちっこくて幼い顔してるんだ。全然怖くないねぇ。ほら、殺してみなよ、僕はここにいるぜぇ。おら、おらおら。はは、殺せないだろう? 何も切り捨てられない弱腰が、殺してみ――」
瞬間、男の首が勢いよく刎ねた。真っ赤な鮮血が首から迸り、その血液が雄臣の顔に降りかかる。雄臣は思わず握っていた蔦を放し、呆然と立ち竦んだ。首なしになった男はまるで壊れた蛇口のよう。流れ出る血液は壊れた水道管のように治まることを知らない。
ただ流れ出る血液が辺りに広がっていく様を見つめることしかできなかった。
「なん、で。どうして……殺したんだ。確かにこいつは生きる価値もない人間だけど……命は奪わず魔力だけを剝奪するのが僕らの、方針だった、はず、だろ……?」
雄臣は額に手を当て、困惑しながら疑問を投げかけた。
「実は伝えるべきことはこのことについてです」
「は? このことって、不殺主義だったろう? 今までもこれからも」
「確かに私は不殺主義によるこの世すべての魔力排斥を掲げてきました。ですが、こいつの言う通り、罪人は力を剥奪したところで同じ過ちを繰り返す性分のようです」
「……もしかして罪を赦した奴がまた人を殺めたのか?」
「はい。ですから私も同じ過ちを犯さないよう悪は徹底的に漂白する《殺す》ことにしました」
「じゃあ、今まで僕が捕らえた魔法使いたちは……」
「大半はこいつのように同じ運命を辿ることになりました」
少女はまるで殺人ロボットのように抑揚のない声で淡々と話す。
ぐちゅり。
斬首した刀に付着した血は糸を引いてその刃に染み込んでいき、少女は死に絶えた心臓部にその切っ先を再度突き刺した。
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