第0―21話 追憶⑬
「……。あなたは責任を取れるのですか?」
「――」
「あなたの魔法は言わば万能の願望器。万が一、他の手に渡った場合、制限や条件はあるものの、自らの身体を媒介にすれば大抵の願いは叶うことになるでしょう。そうなった場合、無関係の人間を危険に晒すことだって大いにあり得るのですよ?」
「っ――そんなことには絶対ならないっ! 僕の魔法は万能なんだろう? なら絶対殺されたりなんかしない。何なら白雪のために戦う! この魔法で弱い人間を救う、助ける!」
「……。あなたの言う人間を助けるとはミソノにやったように永遠の命を与えることですか?」
「そんなことはもうしない。それは白雪が教えてくれたことだろう? 僕は悪い魔法使いから人間を守る!」
「………………」
深い沈黙。身の毛もよだつこの圧迫感と緊張感。
「……はあ、もう良いです」
白雪はいつもの無表情に戻り、殺気もぱたんと消えた。突きつけた刀を消し去った白雪は、疲れたような、呆れたような瞳で雄臣の要望を受け入れた。
「ですが善か悪かどちらに傾くかわからない以上、保険として私と主従契約を結んでもらいます」
「契約って――」
ソファから降りた白雪はゆったりと雄臣の
「その、僕はどうすれば」
白雪は腕を伸ばし、雄臣の涙を拭きとった。
「あなたは座っているだけで構いません」
そのまま白雪は雄臣の膝に左手を乗せ、もう片方の手で胸倉をグイッと引っ張った。
「え、なにを――」
「接吻を」
白い顔が雄臣の顎に当たるくらいの至近距離まで寄って来て、白雪は上目遣いでそういった。
「は?」
「あなたに拒否権はありません」
「――ちょっ」
雄臣が拒もうとした瞬間、その口は白雪の小さな唇で塞がれた。雄臣は首を逸らし離れようとするが、彼女の引き寄せる力はとてもなく強くて、二人の唇は溶接したようにくっついていた。
「口を開けてください」
雄臣は頑なに口を噤む。唇を離した白雪はムッとしたような表情で雄臣を睨んだ。
「早くしてください。ミソノを失っても良いのですか?」
その脅しのような問いかけに雄臣は応じるほかなかった。
「そのまま、私の唾液を飲み干してください」
再びキスした白雪は唇で雄臣の唇をこじ開けて、舌を口内に差し込んだ。ちょんと一瞬だけ触れた白雪の舌は柔らかくて温かくて、彼女の唾液を飲み込んだ雄臣の身体全身に彼女という存在感だけが広がっていた。
「……これであなたは私のものです」
口付けによる契約を交わした雄臣は、何も考えられずに呆然としていた。
「?」
白雪は小首を傾げて、心配したように雄臣の様子を伺った。
「どうしたのですか?」
「――」
未だ、意識がぼーっとしていて頭がうまく回らない。
「……その、私も初めてだったので、ぎこちなかったかもしれませんが……」
瞳を細めて、少し視線を逸らした白雪の頬は、まるで闇夜に照らされた灯りのようにほんのりと赤く色づいていた。
どうやら何か勘違いしているようだ。
でもやっと年相応の初い反応が見られて、「何だ」と雄臣は少しホッとし、ぼんやりとした意識から立ち直った。
「大丈夫。少し驚いただけだから」
雄臣の返答に白雪もまた少しほっとしたような表情を浮かべた。
「そんなことより何でこんなこと……」
「それはこれから共に行動していくに当たって、あなたの魔力反応をいつどこで何があっても感知できるようにしておくためです。そのための共有です」
「監視ってわけか」
「それもありますけど、一番は護衛です」
「護衛? そんなのはいい。守る側が守られていたら意味がないだろう」
「当たり前です。ですが今のあなたは自身の魔法に対してあまりにも無知であり、未熟です」
「う、それは、確かに」
「そこでまずは私の信頼を得るためにも五つの約束を交わしてもらいます」
「約束……?」
そして白雪はある条件を課した。
「一つ【私欲のために魔法を使ってはならない】、二つ【人智を越えた力で人の悩みを解決することは許されない】、三つ【魔法の使用許可は戦わざるを得ない状況の時に限る】、四つ【自身の命が危うい場合を除いての殺生は許されない】、五つ【敗北は絶対に許されない】、以上です。……異論は認めませんが、疑問があるのならお答えします」
「その、二つ目の人智を越えた力で……ってやつだけど、どうして魔法で人助けしちゃ駄目なんだ?」
「あくまで救うのは人の命。魔法に頼るような生き方を人間にはしてほしくないからです。魔法による干渉は人の生き方を狂わせる。人間は人間の力で立ちはだかる困難を乗り越えていただきたいのです。……分かっていただけますか?」
「でも生まれ持った力ならそれは人間の力になるんじゃないのか?」
「魔法は人間の進化の過程で芽生えたものではありません。魔法使いに目覚めた人間がいるのなら、それは星降る夜が大きく関係しています。魔力があるあなたなら身に覚えがあると思うのですが……」
「――」
星降る夜。
淡い闇を切り開くような光の束がしだれ桜のように、数秒の間、絶えまなく地上に降り注いだ夜のことだろう。
あの奇跡みたいな出来事を自分は知っている。
「ああ、あるよ。厄災から逃げている時、空から星の粒が落ちてきて、それが僕の身体に触れて、その瞬間、力が溢れるというか、何でもできるような感覚に襲われたんだ」
「それです。あなたが表現した星の粒というのが魔力の粒子。それが人間の体内に流れ落ちた結果、未知なる力が開花した。それがのちに言う魔法です。ですから魔法は人間の力ではないのです。分かっていただけますか?」
「白雪が言うんだったら分かったよ。他の条件も約束だからきっちり守る」
「当たり前です。従わなかった場合、あなたの魔力を即抹消いたしますから。でも素直なのは良いことです」
白雪は最後に念押しして立ち上がった。
「これよりあなたとミソノは運命共同体。あなたが死ぬ時はあなたの寿命が潰えた時、ミソノの命が尽きる時はあなたの寿命が尽きる時です」
「ああ」
「それまでの
言って白雪は雄臣に手を伸ばした。その誓いの握手に雄臣は覚悟を決めた表情で頷き、白雪の手を力強く握った。
「ミソノによろしくお伝えください。あなたのお兄さんをお借りしますと。納得はいかないと思いますが、それもこれもあなたの我儘です。ミソノを死なせたくないのならミソノをあなたの我儘に付き合わせなさい。どんなに寂しい思いをさせようとも」
「……。妹には不老の原因、僕がどうして戦いに行くのか、嘘偽りなく伝えてもいいか?」
「構いません。それでミソノが少しでも納得してくれるのなら」
「ありがとう。助かる」
「では明朝……いえ、ミソノとお話する時間が必要でしょうから明日の昼過ぎ一時頃には隣町の名無し村で落ち合いましょう。あなたの魔法のメカニズムも知りたいですし」
「ああ、分かったよ」
言って雄臣は立ち上がった。
「では私は帰ります」
繋いだ手を解いた白雪は玄関口に向かった。雄臣も白雪を見送るため玄関までついて行く。
玄関で白雪はパジャマ姿のままブーツを履いた。
「白雪、上に何か羽織った方が」
「私は熱と寒さをあまり感じない体質なので平気です」
「そ、そうか。頑丈なんだな」
「……一つ言い忘れていました」
「何だ?」
「万が一の場合に備えて、ミソノの安全を守るために認識疎外の結界を張っておきました。これで外部の襲撃から避けることができるでしょう」
「いつの間に」
「いつの間にかです」
「そ、そうか、すごいな。何やかんや親切なんだな、白雪は」
「心配だからです」
「……、ありがとう。またいつか遊びに来てよ。ミソノが喜ぶから」
「いえ。この先、私がミソノと顔を合わせることは二度とないでしょう」
「なんでそんなこと」
白雪はドアの取っ手に手を掛けた。
「これは本人に伝えなくてよいことですが、ミソノの兄であるあなたには伝えておきます。このパジャマと呼ばれる衣服、大事に使わせていただきます。ご飯もありがとうございました。おいしいを初めて知りました。お話も愉しかったです」
「な、なんで、妹に言ったら喜ぶんじゃ――」
「喜ぶはずありませんよ。私もあなたの我儘を受け入れた身――ミソノの大好きなものをこれから奪うのですから嫌われるに決まっています」
玄関のドアを開けた白雪は別れ際にそんなことを言って、暗闇の世界へ足を踏み入れた。
………
……
…
あの時初めて出会った少女の情に厚かった面影はもう何処にもない。それは
白雪が掲げた不殺主義によるこの世すべての魔力排斥。その理念と理想は雄臣が知らぬ間にとうに叶わないものとなってしまった。
「一体いつから……」
雄臣は迷いの森を歩きながら、かつて自分を助けてくれた少女に問いかけていた。
だが当然、返事が返ってくるわけがない。
ただこれからは滅殺主義によるこの世すべての魔力排斥を掲げていくことになるのだろう。ただ分からない。見境なく敵を殺し続けた先に、彼女が思い描いていた恒常的な平和の実現があるのか、雄臣には分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます