第0―20話 追憶⑫


さきも言った通り、私には役目があり、それはこの世の魔力を無くすことです。つまりあなたの魔力を消し去れば、あなたの魔法の効果も必然的に消えることになります。この意味がわかりますね?」


 尋ねられた瞬間、雄臣の心臓がドクンと跳ね上がった。


「……で、でも病気は治ったんだ。そうだっ。病気は治ったんだっ!」


 だから魔法がなくなっても美楚乃の病気は治っていて、元気なままで――。


「いえ、それは違います。あなたの魔法はミソノの病気を治したのではなく、不老という概念でミソノの死を先送りにしているだけです。ですから不老という概念が消失すれば病気は再発し、やがて死に至るでしょう」


 雄臣は唇を噛みしめた。


「じゃあ、何だ? 殺すのか?」

「言葉の意味を履き違えないでください。殺すのではなく死なせてあげるのです」

「――」


 分からない。なんで生き延びた命をわざわざ殺す必要があるのか。


「…………いやだ」

「あなたも駄々を捏ねるつもりですか? 本来ならもうすでに死んでいる命なのです」

「どうしてそんなこと言うんだ。さっきまであんなに、君に懐いていた子が死ぬんだぞ。仲良くお喋りしながら、一緒に食卓を囲んだ子が……白雪だってそれでつらそうな顔してたんじゃないのか?」

「あなた方兄妹に同情することはあっても優遇することはできません。皆、その哀しみを乗り越えて生きているのです。その死を受け入れる必要があるのです」

「無理だ。僕にはできない! 離れたくない!」

「……人は死ぬからこそ尊いのです」


 ソファの上に立ち上がった白雪はどこまでもたおやかではあるが、雄臣の目には一瞬だけ死に神に映った。


「っ。結局……他人だからそんなことが言えるんだ。だいたいなんで魔力を無くす責務を独りよがりに抱いて、他人にそれを要求させるんだよ!」


 おそらく彼女の前で今の言葉は禁句だったのだろう。聞いた白雪の目線は極めて鋭く、怒っているのがすぐに分かった。


「独りよがりではありません! この世に魔力が存在しているのはすべて私の責任なのですっ!」


 白雪の手に顕現したのはあの時自分を救ってくれた刀剣。だが今その矛先は自分に向けられている。


 雄臣は身の危険を感じ、椅子から立ち上がった。


 化け物相手に勝ち目がないと分かっているけど、やられるわけにはいかないという一心で。


 張り詰めた空気の中、雄臣は後退させながら白雪に訴えかける。


「僕はただ無意識に妹を救っただけなのに、どうして町の皆を皆殺しにしたあいつと同じ扱いをされなきゃならないんだ!」

「たとえ人を殺めていなくても、たとえ愛する人間のためだとしても、魔法を発動したという事実は変わりません。あなたは罪深いことをしたのです!」


 冷徹な眼差しは、やはりあの時罪人に見せたものと同じ。やがて白雪の意志を受け持った刀は生き物のようにその刃を伸ばし、テーブルまで雄臣を追い詰めた。


「っ……。なら謝る。それがそんなに罪深いことだったなんて分からなかったんだ。でも――」


 雄臣は膝を折り曲げ、土下座した。


「――お願いします。僕は妹がいないと生きる意味を失ってしまう。一番大切な妹のために生きてきた僕は妹がいなくなった世界でどう生きていったらいいのか、分からない」


 雄臣は声を震わせながら思いを吐露した。


「だから、妹が死ぬしかないなら僕もその後自殺する」


 自殺という言葉を聞いて、刀の切っ先が小刻みにブレた。それは動揺から来るものではなく、怒りから伝播するものだった。


 白雪の表情はこの上ないほど険しく、重苦しい空気を漂わせていた。


「あなたという人間は! 罪に罪を重ねると言うのですかっ! 命の放棄は命の改竄と同じく人がやってはいけない行動の一つです。浅はかに自分の命を自分で切り捨てるなんて許されません!」

「この思いが浅はかに見えるか? 僕はただ妹がいないと何もできない弱い人間なんだ。だから妹がいない世界に僕は興味がない、僕自身にも興味がない。……だからどうかお願いだよ。美楚乃を、僕を、殺さないでくれ!」


 雄臣はこの世の終わりであるかのような表情で、大粒の涙を流しながら懇願し続けた。

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