第0―22話 覚悟①
今日、名無しの村が一つ消えた。
あっけなく。
忽然と。
そこは雄臣がまず初めに訪れる町だった。
美楚乃と散歩をしに行った町だった。
小さな町だからこそ住民のつながりが強い町だった。
数多くある名無し村の一つに過ぎないけれど、雄臣にとって馴染みの深い町だった。
そんな町に戻ってきた雄臣は、歩を進む足を止め、辺りを見渡した。
(今日に限って霧が濃かった。使われていない古びた木造家屋が中心街を包囲していて邪魔だった。だから奴が扱った炎も認識できな……いや、そもそも訪れた時はまだ何も分からなかったんだ。焦げた匂いも燃える騒めきも悲鳴も確認できなかった。普通の炎と違ったんだ。辺りは何事もなくて、人だけが飴細工みたいに燃えていたんだ。……今回は助けようがなかったんだ。何もかも僕の目には入らなかったし、僕の耳にも届かなかった。……いいや、何で僕はもう終わったことに……助けられなかった事実は変わらないのに、自分を納得させようとしているんだ?)
辺りに散らばったおおよそ二十人の人骨を見た。
「ああ、そうか」
この周囲に立ち込める淀んだ空気と風塵だけが舞うこの焦燥感は、死んだ彼らの怨念となって自分に地獄の責め苦を負わせているようだった。
だから雄臣は自分には非がないことを自分で自分に言い聞かせていないと正気ではいられなかった。過去にだってそんなことたくさんあったはずなのに。訪れた時にはもう手遅れだった戦場もたくさん見てきたはずなのに。
こんなにも違う。
身近で思い出深い町だったから、そこに暮らす住民たちも皆顔見知りだったから、こんなにも負い目を感じ、責任を痛切し、重い哀しみに襲われるのだ。
そういう点で自分は正義のヒーローでも何でもないことを切に痛感した。見知らぬ街の見知らぬ他者が死んで救えなくてもこんなに悲しかったことはなかったのだから。
そんな正義のなり損ないが白雪の正義の在り方に異論を唱えること自体、そもそも間違っていたのかもしれない。
「……間違っていたのは僕かもしれない」
雄臣は救えなかった住民の遺骨をかつて見た白雪のように拾い始めた。
(だって僕と違って白雪は見知らぬ人間であろうが、生きている人間全員を自分の家族のように思っている。だから守れなかったらすべて自分の責任であるかのように感情を爆発させるし、人を殺した魔法使いの命を奪わず見逃していたのも、同じく自分の家族だと思っていたから信じたのだろう。信じたかったのだろう。でも一度信じた者に裏切られ、二度も家族を殺された事実は彼女の心をひどく傷つけたどころか、自分のせいで殺されずに済んだはずの命を殺してしまったという絶望感は計り知れない)
遺骨を集めながら、雄臣は必死に殺すことへの正当性を求める。
(罪人は罪人。殺したのなら殺されるべき。悪をひたすら根絶すればいずれ平和が訪れるはず。奴らは絶対的な悪だ。悪を殺せば脅威が消える。大勢の命を救うのに、咎人一人の犠牲で済むのなら殺すことに躊躇いなんて生まれないはずだ)
雄臣は殺すことへの正当性を自分自身に訴えかけ、そして鎮魂の祈りを捧げながら決意する。
(僕も変わる。君が変わるように、変わってみせるから、君みたいな正義の在り方に)
祈りを終えた雄臣は立ち上がり、焼かれた遺体を目に焼き付けながら自分が死なせた町を後にした。
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