第0―14話 追憶⑩
食事の片付けをした後、雄臣はキッチンに回って使った食器を洗っていた。
白雪はというと美楚乃に誘われソファに腰を下ろしていた。
雄臣は蛇口の水を少し緩め、手元を動かしながら少女たちの話に聞き耳を立てた。
どうやら白雪は妹の質問攻めに合っているようだ。
「ねえねえ、どこから来たの?」
「どこから……遠い湖のある麓から」
「えーいいなぁ。景色とか空気とか綺麗なのかな。お魚はいる?」
「景色が綺麗かは分かりませんが、お魚は泳いでいますし、空気は澄んでいます」
「へえ、じゃあさ家族は? 兄妹とかいるの?」
「同胞はいましたが、あなた達のように子孫を残す考えがないので、兄妹や家族はおりません」
何気なく答えたそれは聞いていた雄臣も驚くようなものだった。
「え? どういうこと?」
美楚乃は眉間に皺を寄せて考え込む。
「美楚乃、そろそろ寝よう。もう十時過ぎている」
急いで洗い物を終えた雄臣は話を切るように美楚乃に声をかけた。
「えっ! なんでやだ。まだ全然お話できてない。もっと、白雪ちゃんのこと知りたいの。ねえ、どうしてお母さんとお父さんいないのに、どうやって生まれてきたの?」
「それはつく――」
「白雪、君は普通の人間だろう?」
白雪が言いかけたところで雄臣は制止した。
「……。ミソノ。私は少し勘違いをしていました。私は生まれた時からずっと一人だったので生みの親を知りません。それで理解していただけますか?」
それは咄嗟に考え付いた適当な嘘だろう。
「……え、う、うん。でもかわいそう」
美楚乃は疑うことなく純粋にその返答を受け止めた。
「そうですか?」
「だってわたしは兄さまが帰ってこないと寂しいし、不安だし、怖いし……」
「それは生まれた時から一緒にいるからでしょう。初めから孤独だったものはそれが普通なのでそのような感情に陥ることはありません。ですから心配せずとも大丈夫です」
それを隣で聞いていた美楚乃はますます悲しそうな顔をして、黙り込んでしまった。
「……ミソノ。お兄さんの言う通り、そろそろ寝ましょうか。私もしばらくしたら帰りますので」
「えっ。やだ。このまま一緒に暮らそうよ。一人ならなおさら」
美楚乃は白雪の手を取り、顔を合わせる。
「そう言ってもらえて嬉しいですけど、私にはやるべきことがありますので」
「そんな、じゃあせめて今日だけでも泊まっていけば……だってもうお外すごく暗いし、危ないよ」
「美楚乃、困らせちゃいけないよ」
「どうしてそんなこと言うの? だってわたしと同じくらいの子がこんな夜遅い時間に……兄さまはわたしがこんな夜に出かけたら心配にならないの?」
「それは……絶対心配になるけど……それは美楚乃が僕の妹だからで」
「兄さまはどうしてそんなに冷たいの? 命の恩人なのに」
つい口に出した言葉に雄臣は口を噤んだ。
「ミソノ。あなたのお兄さんが心優しい人間であることは妹であるあなたが誰よりも知っているはずなのに、なぜ傷つけるようなことを言うのですか?」
「うう。だって」
「私はお兄さんに言われたから帰るのではなく私の意志で帰ります。分かりましたね?」
「……う、うん」
美楚乃はしぶしぶ頷き、それに白雪は彼女の頭を優しく撫でた。
「よろしい。ですがそうですね。ミソノが眠るまではもう少し、ここに居ることにいたしましょう。それでも構いませんか? タケオミ」
「ああ、いろいろすまない」
「いえ、問題ありません」
「じゃあ、僕はシャワー浴びてくるから。美楚乃、わがまま駄目だよ」
雄臣は背を向け、浴室の方へ行く。
「……に、兄さま」
「ん?」
「ひどいこと言って、ごめんなさい」
「ああ、怒ってないから大丈夫だよ」
今まで喧嘩することもなかったし、こうやって謝られることもあまりなかったから雄臣は少し照れ臭くて、振り向くことができずそのまま風呂場へ向かった。
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