第0―10話 追憶⑥

 一体あの子は何なのだろう。あの子も魔法使いなのだろうか。


 雄臣は首を横にして少女の一挙手一投足を見た。


 少女はグローブの手を真っ赤にしながら、頭の天辺から足の爪先まで細かく両断された人間の肉塊を、拾っては運び、拾っては運び、を繰り返していた。


 誰のものかも判別できない骨、人のものかも認識できない肉の欠片を一つ残さず一か所にかき集めている。


 ただひたすらに不謹慎だがまるでお宝を探す子どものような無我夢中さで。


 少女はしゃがみ込んだ。


 そして今度はその小さな手で固い土を懸命に掘り始めた。


「……」


 傍から見ればその少女は多分、この世で一番白が似合う綺麗で可愛らしい生き物だと思うだろう。


 ただそんな外見は本人からしたらどうでもよいことらしい。


 その白くて長い髪は結わえないから地面についているし、汚れた手で頬や額の汗を拭うし、やっぱりどこかのお城のお姫様みたいな彼女がこんな血みどろな世界にいるのは場違いである。


 けれど、本人は気にすることなく、掘り続ける。


 大事なのは自分ではなく、他人であると言うかのように。


 そうして数十人の遺体を埋めるために、少女は休むことなく二十個近くの穴を掘った。


 身体中、血と泥で汚れながら。


 しばらくした後、少女は死体を埋葬し、手を添え鎮魂の祈りを捧げていた。



 埋葬が終わるまで目を逸らさず少女のことをずっと見つめていた雄臣は、空がいつの間にか茜色に染まっていたことに気が付かなかった。


 だから自分の四肢がくるぶしまで修復されていることにも気が付かなかった。


「どうやら、もう少しで立ち上がれそうですね」


 雄臣の近くでちょこんと座った少女は全身血と泥で汚れていたが、吐息は付かないどころか疲れた表情も一切見せなかった。


「……魔力ってのは万能なんだな」

「あなたの魔力量は魔法使いの中でも群を抜いています。八つ裂きにされる程の重傷を負っておきながら、半日も経たずにここまで完治する者を私は見たことがありません」

「……そうなんだ」


 少しの空白が続く。自分の怪我が治らない以上、少女がここを立ち去る理由もないため、彼女はずっと雄臣を観察するみたいに見つめていた。


(……なんか、気まずいな。名前とか聞いてもいいのかな? 幼い顔してるけど、歳は幾つなんだろう? あ、でも失礼だよな。じゃあ、何処から来たんだろう? 魔法使いって言っていたけど、実は昔からいたってことなのか?)


 雄臣は少女に対して様々な疑問を抱くが、いずれも聞いてよいものか悩む。聞けばいいものの、人と思えぬ美しい容姿に、戦うための装いからして普通の人間ではないことは明らかで、質問に答えてくれるとは思わなかったからだ。


「……。あ、そうだっ! そんなことよりまだちゃんと言えてなかった」

「? 何でしょう?」


 少女は小首を傾げて聞いてきた。


「助けてくれてありがとう」


 雄臣は端的に感謝の言葉を口にした。


「……」


 少女は再びおかしなものを見るみたいにじっと見てきた。


「ど、どうしたの?」


 何かおかしなことでも言っただろうか。


「いえ、初めてそのような言葉を貰ったので、どんな顔をすればよいのか少し戸惑いました。ですが礼には及びません。それが私の責務ですから」


 少女は表情を変えず、機械のように振る舞った。


 それがこの子の素なのかどうかは分からないが、雄臣はもう知ってしまっている。


 相手が傷つけられれば、この上ないほどの怒りを露わにし、その相手が死ねば、この世の終わりであるかのように絶望し涙を流すことを。


「……あなたのお名前をお聞きしてもよいですか?」

「僕は雄臣。閻椰雄臣えんやたけおみだ」


 雄臣は少女が自分に関心を示してくれたみたいで少し嬉しくなった。


「タケオミ……」


 少女は片言にその名を反復した。


「君の名前は……訊いてもいいかな?」

「……名前はありますが、気に入らないので伏せておきたいです。名前を訊いておきながら申し訳ありません」

「そっか。気に入らないなら仕方ないよな。でもなんて呼ぼうか。二人称が君じゃ味気ないし」

「いえ、君で問題ありません。あなたと私がこうして話す時間はこれが最後だと思いますから」


 彼女は幼いながらも大人びた口調で冷めたことを言う。


「白雪っ!」

「? どなたのお名前ですか?」

「やっぱりさ、君呼びはちょっと僕が納得できないから、君は今日から白雪、そう呼ばせてもらうよ」

「……」


 少女は三度みたびじっと見つめてくる。もしかして嫌だったりしただろうか。


「タケオミは親し気で頑固な人間なのですね」

「え、そうかな」


 怒っているようには見えないが、表情や声音から彼女がどう思っているのかいまいちよく分からない。


「もしかして嫌だった? そうだよね。初めて会った生みの親でもない他人に、勝手に名前をつけられてもいい気はしないよね」

「いいえ、不思議と悪い気はしません」


 少女はほんの若干どことなく頬が緩んだように見えた。


「あ、本当? ならよかった」


 少し笑ってくれたみたいで雄臣も笑った。

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