第0―9話 追憶⑤
白と黒のドレスを纏った女性は、周りを見渡し、何かを探しているようだった。生存者でも探しているのだろう。
「たす、け、て」
雄臣は今出せる精一杯の声を口にした。こんな遠くで死体と殆ど変わらない姿だけど、女性は気付き、そして即座に雄臣の元へ駆け寄った。
「……。ひどい、ひどすぎます。こんなの、人がすることじゃない、です」
あまりに白くて、それと視界がぼやけていたからはっきり見えなかった。
だから凛々しい声からして大人の女性かとそう思っていた。
けれどそれは妹よりも背が小さくて幼い顔をした少女だった。
散らばった肉塊を見て、少女は落胆するように座り込んだ。
「っ、申し訳ありません。私がもっと、もっと早く駆け付けていれば、あなた達を救えていたはず、全部私の責任です。ごめんなさい」
悲壮感に満ちた言葉は雄臣にだけではなく、死んだ町の住民に向けたものだった。
「うう、ううぅ」
少女は肩を細かく震わせ、誰にも気取られない様子で静かに泣いた。天を仰いで悔しそうに泣いた。
雄臣は分からなかった。
悪いのはあの男で、助けようとしたのはこの女の子なのだから助けてくれた彼女が謝ることなんて何一つないのに。
だから、助けられなくても非を感じることなんてないはずだ。
「……君は、悪く、ない」
「え――」
少女は目を見開き、睫毛についた涙を手で拭った。少女は雄臣を覗き込むように顔を近寄せた。どうやら死んでいると思われたらしい。
「……生きている」
その潤んだ右目は水晶のように透き通っていた。対して、怪我でもしているのだろうか、左目は黒い眼帯で覆われている。
「……でもその怪我じゃ……」
少女は拳を握りしめ、唇を噛みしめた。どうにかして助けたい思いと助かるはずがないという現実で葛藤しているようだった。
「…………いえ、見過ごすわけにはいきません。絶対、助けます。この際、致し方ありません。一か八か私の魔力で――」
少女が何やら決意し、雄臣の胸部に触れようとした時――。
「いや、僕は生きるよ。何だか死ぬイメージが湧かないんだ」
雄臣はなぜか条件反射のようにそんなことを呟いていた。
「――」
少女は驚いているようだった。
「これは……」
四か所の切断面から大量に噴き出ていたはずの血はいつの間にか止まり、燃えるような痛みは治まり、斬られたはずの腕や脚は若干ではあるが少しずつ復元され始めていた。
「あなたも魔法使いなのですか?」
「魔法、使い?」
おとぎ話の中でしか聞いたことのない名称で認識確認されるとは思っておらず、雄臣は戸惑いの声を漏らした。
「その様子だとまだ自分の力に気付いていないようですね」
「それはどういう……」
「あなたの身体なのですからあなたが一番存じていると思いますが、普通の人間であれば、あなたはとっくに死んでいます。それに、その驚異的な治癒力。骨や筋肉をも復元させるほどの魔力が体内に流れ込んでいる」
少女は雄臣の身に起こっていることを説明しつつも、少し困惑しているようだった。
「じゃあ、僕はあの人殺しと同じってことですか?」
「魔力があるという点では一緒です」
「……その、魔力があることは悪いこと、ですか?」
「魔力それ自体は悪いものではありません。ですが、強大な力であるが故、その力に溺れる者が殆どです。……ですからあなたの魔力も私が持つ刀で取り除かなくてはなりません」
「何だってこんな僕が。その、魔力を取り除いても死にはしないのか? 僕には妹が……」
「はい。死にません。本来そのようなものは不必要であり、私が持つ刀は特別性なので致命傷を負うこともありません」
「でもやっぱり怖いんだけど。その実際、刺されるようなものなんだろう?」
「もしかしたら痛みを感じるかもしれませんが安心してください。……と言っても今出会ったばかりの者にそんなことを言われて了承するのは難しいですよね」
「いや、そんなことはない。救ってくれたことが何よりの信頼だ。君にとってこれはやらなくちゃならないことなんだろ? よく分からないけどさ」
「……」
返答はなく、少女はなぜか不思議そうにじっと見つめていた。
「ど、どうかしたか?」
「いえ。何でもありません。私も極力丁寧に優しく行います……それともずばっと一気にやってしまった方がよいでしょうか」
急に物騒な問いかけをされて、冗談でも怖い。
「いやいや、優しく頼みます」
「承知致しました。では魔力の摘出はあなたの傷が癒えてから行いますので。少しばかりゆっくりお休みになっていてください」
すると少女は立ち上がった。
そして周囲を見渡して、再度こちらの方を見た。
「あなたの身体が再生するまでの間、私は殺された住民を弔いますので」
悲しそうにそう告げて、少女は死体の回収に取り掛かった。
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