第0―5話 反故①
男を引きずって二時間弱。
走れば一時間も掛からない距離だったが、男一人分……こいつはどちらかと言えば体重は軽い方だが、それでも50㎏近くある。そんな荷物を運びながら走ることはできず、無駄に時間がかかってしまった。
雄臣はようやく目的の地に辿り着いた。
目の前には波風一つ立たない静寂の湖。その湖に浮かぶ小島には、白い花、人間の建築技術をはるかに卓越した白き巨塔が聳え立っている。しかし、その家主曰く天まで届くほど高層だった摩天楼の天辺は大きく半壊していて災害が通り過ぎた後のようである。それでも圧巻される造形美であることには変わらない。そして白き巨塔の小島を中心に架け橋が敷かれていた。
雄臣は男を引きずりながらその橋を渡る。湖畔に佇む崩壊しかけた大聖堂の入り口に到着して立ち止まった。
「おい、いつまで眠っている。身体の傷はとっくに癒えているはずだ」
雄臣が冷めた声を発すると、男は間延びした仕草で目を覚ました。
「ふぁ~。ああ、良く寝た良く寝た」
男は大袈裟に、大胆に表情筋を動かして欠伸した。
「阿保面をかきあがって」
「ははっ。ふははははははっ」
(頭がおかしくなったのか。いや、こいつは初めからおかしい)
雄臣の内心をからかうかのように、男はわざとらしく笑う。
「……」
だがそんな見え透いた挑発には意に返さず、聞き流した。
「やっぱ認識が疎外されていたのか。道理で見えないわけだよ、はぁ……」
白亜の籠城を見て、男は感服した溜息をついた。
「あぁ、愉しみだな。そんな君を従僕として扱う主がどんな奴なのか。この中にいるんだろう? はは、早く会わせてくれよっ!」
「口を慎め」
塔の入り口前で、雄臣は険しい表情で忠告した。捕縛された状態でもなおこの男は、恐れることなく、それどころかこの状況を楽しんでいる。
「はいはい。忠告どうもどうも」
「っ」
苛立ちを抑えられない雄臣は乱暴に引きずり、そのまま塔の中に男を放り投げた。
「痛ったぁ、相変わらず酷いなぁ。もう少しお手柔らかにたの――」
「咎人が。いい加減立場を弁えろ」
雄臣は遠く先、緩やかな階段が続く先、玉座の間にいる者に視線を向けた。同様、視線の先にいる者を見た男は驚嘆のあまり絶句していた。
大理石で構築された神秘的で静謐とした空間にコツコツと威圧感のある足音が響く。ブーツの音は鋭く、階段を一段一段降りる度、床を踏む音は大きくなっていった。
「はは、ははは、すごい、すごいすごい、傑作だ、完璧すぎて非の打ち所がない造形美だ。初めて生きてるものが綺麗だと思ったよ。ああ、人殺して、ここに連れて来られて、本当によかった!」
玉座に続く階段をゆったりと降りてくる完全無欠の造りをしたそれは、無慈悲に残忍な殺しをしてきた男から見ても息を呑むほどの美しさだった。
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